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愛欲の日々 -心と身体-
【熟女/人妻 官能小説】

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智司(五.)-2

 数々の不貞の証拠をつきつけられた父の様子は、普段とあまり変わりがなく、つとめて冷静だったという。
 テーブルの上にずらっと並べられた、はしたない姿の母の写真。行為の現場の動画もあると言われ、見てみますか? と問われた父はだまってうなずいた。探偵事務所の男がノートパソコンを取り出すと、父にイヤホンをわたし、該当する動画を再生した。
 そのときはじめて父の顔が不快にゆがんだ。
 動画に映っている母は父の知らない女だった。淫らに狂い、若い男と獣のようにまぐわうその姿は、顔こそ母の顔をしていたが、身体はまったくべつの女のものになっていた。隣に座っていた母は目をそむけ、うつむいたまま動かなかった。
 耐えきれなくなった父はイヤホンをはずし、もういいです、と小さな声で言った。
 つづいて弁護士から相手の男について説明があった。
 男は地元の大学に通う大学院生で、年齢は二十四歳。母とは書店のパートで知り合っていた。智司がこの男を知らなかったのは、男はパートをわずか半年足らずで辞めており、シフトにもあまり入ってなかったからである。本来なら、その男もここに来る手筈だったのだが、直前になって男のほうから固辞する電話があり、その後まったく連絡がとれないとのことだった。
 それから話し合いは今後のことに移っていった。
 姉は一方的に父と母は離婚するべきだと主張した。
 父は神妙な顔をしてだまっていた。その沈黙はいつまでも続くように思われた。――やがて父は重い口を開いた。
 妻とは離婚するつもりはない――と、はっきり言い切ったのである。
 いちばん驚いたのは姉だった。激しい口調で母を罵り、まくしたてるように抗議したものの、父の態度は変わらなかった。そして姉に向かって、冷然とこう答えた。
 母さんがしたことはたしかに許されることではない。だが、母さんも人間だ。間違いを犯すこともある。それに、そんなことになりながら今まで気がつかなかった自分にも非はある。いや、むしろすべての原因は自分にあったと言ってもいい。だから私は母さんを許そうと思う。少なくとも、おまえたちが成人してこの家を出ていくまでは、離婚するつもりはない――。
 それから父は姉に向かってたしなめるようにこう付け加えた。
 おまえもおまえで母さんのことを邪慳に言い過ぎている。むろん、母さんを憎む気持ちはわからんでもない。こうなる前のように振る舞ってくれともいわん。だがもう少しだけ母さんの気持ちも考えてやってくれ――。
 激昂した姉は椅子からはじけるように立ち上がると、そのままの勢いで部屋から出て行った。
 ここで姉も退出してしまったため、その後どういった話し合いが行われたのかわからない。ただこのとき姉が語ってくれたように、じっさい父と母は離婚することはなかった。


 その一件のあと母はパートを辞め、家にいる時間が多くなった。男の影もまったく見えなくなった。少なくとも智司が感じられるかぎりでは、母の人間関係はごく一部の狭いものになっていたように思う。
 家庭内の雰囲気にも少しだけ変化があった。
 あれから姉は両親と一言も口をきかなくなっていた。来年には学校を卒業して家を出ていくつもりだったので我慢していたのだろう。
 父と母はつとめて自然に振る舞っているように見えた。しかし、それは見かけだけのことで、何気ない言動の中にはやはりよそよそしさを感じさせる瞬間もあり、どこか夫婦の関係を演じているような印象を受けることも少なくなかった。
 はじめのうちはそのような家庭環境に居心地の悪さを感じていた智司ではあったが、時間と共に順応してゆくのを感じた。たとえ見せかけだけの家族ではあっても家族であることには違いないし、あんなことがあったとしても母は大切な家族の一員だった。父と姉も智司にとってはそうであることに変わりはない。
 そして一年後、高校を卒業した姉は大学へは進まず、就職活動をしてアパレル会社に入社し、かねて決めてあったとおり家を出た。
 家の中は少しさびしくなったものの、張り詰めていた緊張の糸はやわらいだような気がした。
 智司も中学を卒業し、地元の進学校として有名な高校に入学した。
 高校在学中は勉学にも部活動にも励み、成績は優秀なほうだった。
 そしていよいよ高校も卒業し、大学を受験すると決まったそのとき、智司はこの家を出るべきかどうか迷った。父と母はおまえの好きにすればよいと言ってくれていたが、内心では少しでも良い大学に入ってほしいという希望があったようだ。だが、いろいろ考えた末、智司は地元の大学を選んで自宅から通うことにきめた。もし自分が家を出た場合、たった二人で取り残された両親のことを考えると心配で、もう少しのあいだ留まることにしたのである。
 大学に進学してからも智司の成績は優秀で、とくに問題を起こすこともなく四年間はあっという間に過ぎ去った。そして就職先も難なく決まり、とうとう智司も家を出る時がやってきた。
 父と母はさびしそうにはしていたが、温かく智司の門出を祝ってくれた。
 そしてその翌年、父と母は離婚した。
 父は二年後、十歳以上年下の女性と再婚した。姉は心底あきれていたが、智司は特別なにも思わなかった。
 離婚後の母の行方はわからなかった。
 実家に戻ったと思っていたのだが、あとから聞くところによるとそのあと実家からも出て行ってしまい、どこかに一人で住んでいるとのことらしい。
 それでも年に数回、母から電話がかかってくることがある。そのとき智司は、現在母がどこに住んでいるのか尋ねてみたこともあったが、母はいつも言葉を濁して答えてはくれなかった。
 母と再会したのは、それから十年以上も後のことである。


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