智司(四.)-2
ところが、そのときは突然訪れた。
その日、学校は行事のため短縮授業となり、放課後の部活動も急遽中止になったため、いつもより早く下校することになった。
空には黒い雲がたちこめ、ぱらぱらと小雨が降りはじめていたので、智司は駆け足で自宅に急いだ。
玄関のドアを開けると、家の中は薄暗く、異様な空気が漂っていた。
いつもの雰囲気と違うのは一目瞭然だった。
まず母のくつが玄関にあった。そしてそのとなりには見慣れぬ男物のスニーカーが並ぶように置かれてある。
智司の胸の動悸は激しくなった。
――母は家にいる。それもおそらく、今まで正体をつかめなかった不倫相手の男といっしょに。
智司は気配を殺してくつを脱ぎ、足音を立てないようにリビングのほうへむかった。
とびらの前まで近づいたとき、あきらかに物音が聞こえてきた。
――このとびらのむこうに母がいる。
智司は震える手でとびらの取っ手をつかむと、音を立てないよう慎重にとびらを開けた。
すると聞こえてきたのは、ソファがギシギシと小刻みにきしむ音と、男と女のあえぐような息づかい――。
智司はうっすらと開いたとびらの隙間から中をのぞきみた。部屋の中は薄暗く、ほとんどなにも見分けることはできなかった。ただ、ソファの影からチラチラと見え隠れする母の白いふくらはぎと足先が、その振動に合わせてゆらゆらと揺れているのだけは視認することができた。
こちら側からではソファの裏側しか見えず、肝心の男と母の姿が見えなかったため、智司はとびらを慎重に閉めると、玄関のほうに向かい、くつをはいて外に出た。そして家の外周をまわり裏庭のほうに出ると、リビングにつながる引き戸の窓ガラスから部屋の中をのぞきこんだ。
すると今度はソファの上にいる二人の姿をはっきりと見ることができた。しかし母と男は重なり合うように身体を密着させて行為に及んでいたため、双方の顔をうかがうことはできなかった。
しばらくすると二人の動きが止り、しばしのあいだ静寂があった。
もう終わったのか――と思ったのも束の間、二人はゆっくり起き上がると、母はソファの上に四つん這いになり、男は両手で母の熟れた白い尻をわしづかみにすると、自分の屹立したモノを母の股間に挿し入れ、激しい動きで腰を打ちつけた。母の肉づきのよい腿と尻は、男が力強いピストンをくりかえすたびに波打った。
ソファが壊れんばかりにきしむ音と、肉と肉がぶつかり合う卑猥な音が窓ガラスを通してはっきり聞こえてきた。ただ母は、口に手を当て声を出さないように必死にこらえていた。
それからようやく男の顔が見えるようになっていた。とはいえ、ボサボサに伸びた黒髪が顔の大部分を覆い隠しており、輪郭だけがわずかに見えただけで、その相貌までは確認できない。
男は若かった。おそらく母よりもずっと若いだろう。それだけはわかる。ただ、面識はない。少なくとも智司はこの男に一度も出会ったことはなかった。
それから母と男は何度も体位を変えながら情交をつづけた。
智司はいつのまにかズボンと下着をおろし、自然と手が股間に触れると、ゆびと手のひらで自分の性器を握り、上下にこすりはじめていた。
やがて若い男はあおむけになった母の長くしなやかに伸びた脚を高くかかげ、その両脚のあいだに首を差し入れて組み敷くようにのしかかると、自分の男性器を母の性器の入り口にあてがい、そのまま全体重をかけて深く挿入した。
そして男性器が抜けそうになる寸前まで腰を浮かせると、またもや屈強な力で腰を叩きつけ、再び身体の奥深くまで挿入する。そのたびに母はうめくような吐息を漏らし、男の動きが激しくなってくると、今まで声を出さないよう必死に耐え続けていた母もついに限界をむかえたのか、ほとんど絶叫に近い淫声をあげるようになっていた。
――ついに男は果てた。それと同時に、上下に激しくこすりつづけていた智司の性器の先端からも白い液体がほとばしった。
智司は精液でベトベトになった右手をしばらく見つめた。そして、深い悔恨と罪悪感、悲しみの感情が同時におそってくるのを感じた。
証拠の写真を撮ることなどとうに忘れ、精液にまみれた右手を無雑作にズボンでぬぐうと、智司はなにも考えず急いでその場から離れた。
そのあとのことはよく憶えていない。たぶん街の中をブラブラと歩きつづけていたのだろう。
ただ、しおしおと秋雨に長時間打たれつづけた智司は、その日の晩から高熱を出し、あわや肺炎になる寸前まで病状は悪化した。