覚醒、欲しがる未亡人 本間佳織D-1
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「母さん、明日、武島さん来てもいい?」
「え?」
武島隼人が静岡市社から東京本社に異動になってから、一ヶ月ちょっと経った八月も末のことだった。
夕飯を済ませ、本間佳織と息子の岳がシンクの前で片付けをしていると、岳が突然切り出した。
明日は金曜日で、週末だ。
「武島さんと連絡してて、久しぶりに飲みたいと思って。明日ならいいよって返信来たんだけど」
「この間来た時、連絡先交換してたの?」
佳織は目を丸くしながら聞いた。
先日隼人と交わって以来、プライベートでの関わりは特になかった。
お互いどこかで意識しつつも、欲求が満たされて仕事に集中できるようになったのだろう。
むしろ、行為によって信頼を高めあったのか、仕事中の付き合いは円滑になったかもしれないとさえ思うほどだ。
「月末だし、あたしの仕事忙しそうだから定時には上がれないと思うんだけど……帰るの、武島くんの方が早かったら先に家に上がっててもらおうか。
明日早く仕事終わらせられるよう頑張るよ」
「いいの」
岳は、ぱぁっと顔を明るくさせながら言う。
素直な子だ、と思いながら、今年二十六になる我が子の頭に思わず手を乗せる。
隣の家のーー佳織と恋仲の悠斗は寡黙で、特定の人としか関係を持たない一方で、岳は自由奔放で誰とでもコミュニケーションが取れるタイプだ。
だからこそ隣人という理由だけではなく悠斗とも仲良くできたのだろうし、佳織の後輩の隼人とも容易に仲良くなれたのだろう。
「な、なに」
さすがに頭に手を乗せられるなんて久しぶりのことで、岳は戸惑っていた。
子供扱いされたことに頬を膨らませたあと、岳は、にかっといたずらをする子供のように笑みを浮かべる。
「あと、ちょっとお膳立て。母さん、結構武島さんのこと気に入ってるでしょ」
「え?!馬鹿なこと言わないの、ただの後輩!
武島くんに変なこと言ってないわよね?席、隣なんだから気まずくなるの嫌だよ」
「俺、武島さんなら本当にいいと思ってるよ?」
「んー…もう。武島くんにだって彼女いるかもしれないでしょ。安易にそんなこと言わないの。それに、あたしにお付き合いしてる人がいる想定はしないわけ?」
佳織はそう言いながら、パンっと岳の肩をはたいた。
「え、嘘。いるの?」
「ふふ、母さんにもプライバシーがあります」
佳織は威張ったように、岳の前で腕を組んだ。
「男性ともそれなりに会ってはいるつもり。会わせたいって思う人なら、きちんと岳にも紹介するから。それとも、やっぱりお父さん以外の人とあたしがお付き合いするのは嫌?」
「そんなことあるわけないじゃん」
ぐっ、と岳は唇を強く噛んだ。