純粋な願い-5
顔立ちは幼いが、自分の意思をしっかりと話せる芯の強さが風花にはあった。
プライベートでは明るくて快活な女性なのだが、いざ仕事の事となると一歩も譲らなくなる。
初対面の人は、まずこのギャップに面喰らうことになるのだが、それなりの付き合いがある日下部ならば〝いつもの事〟だ。
「それに『監視社会になる』も見当違いです。今はどこの店内も防犯カメラで溢れています。万引きを見逃さないように、死角が無いくらいの台数が配置されています。買い物中に『監視されてる』なんて思ってる人がいますか？店内は平気で屋外は駄目の理屈は私は通らないと思います」
『………そうだね』
我が強いというか……。
いつも日下部は押し切られ、そして黙りとなる。
それでも議論しない訳にはいかないし、日下部なりの意見を伝える必要がある。
「……話が逸れました。あした私、もう一回付近の方々へ聞き込みしてみます。絶対に見ていた人が居るはずなんです」
風花は事件を報道する事の虚しさを感じていた。
自分がテレビで伝える事で、これらの失踪事件に進展がみられるのを期待していた。
だが、全くの膠着状態のまま日数だけが過ぎていく。
同年代の女性達が《消えた》のに、自分は記者として〝何も出来ないのか〟と自問自答していた。
「池野さんの友人やご両親と会って、やっぱり私、出来るだけの事をしなきゃって思ったんです。記者として出来る事……とことんまで調べて、事件解決の糸口を見つけたいんです」
報道記者になるには責任感の強さが大切。
それは日下部も分かってはいるが、風花が追っている事件は女性が〈被害者〉なのだ。
顔に似合わぬ負けん気と、責任感の強さだけで突っ走るのはいいが、もしも一線を超えてしまった場合……いや、これ以上の忠告は不用だろう……。
『古芝さんの使命感に任せるよ。でも無理はするな…ってのが無理だよね、古芝さんは』
彼女の記者としての使命感を妨げる必要はない。
それを否定する事は、報道記者・古芝風花を否定する事になるからだ。
「はい。私なりに精一杯頑張ります」
真っ白な前歯をニュッと見せて、風花はニッコリと笑った。
たった今までのキリッと引き締まった表情とは打って変わった満面の笑みは、その中に強固な正義感を秘めた〝強い女性〟である事を感じさせないくらいに無垢で無邪気で、そして守ってやりたくなるくらいに可愛らしい。
「お疲れ様でした。じゃあまた明日」
ペコリと会釈して風花はフロアから出た。
なんだかんだで夜の２１時を過ぎていた。
窓の外は真っ暗で、チラチラと星が瞬いている。
長いエレベーターを降りて外に出ると、涼しい風が頬を撫でてきた。
その涼風の中に、禍々しい《熱気》が混じっているのに、風花は気づかない……。
『お？タクシー拾ったぞ』
『追え！追え！』
めっきり車通りの減った道路を、鈴木が駆る軽自動車が追走する。
タクシーの横長なテールランプを追随し、程なくして男共は風花の住むアパートを突き止めた。
『ああ……もう部屋に入りやがった』
風花はタクシーから降りて直ぐ、部屋の鍵を開けて中に入ってしまった。
まだ外にはタクシーが止まったままで、あれだと付け入る隙もない。
『どうします？』
『明日、五時頃にでも来て見張るか。それ以上早くは出掛けないだろ』
……同じ頃……。
吉田達が乗った箱バンは、ある住宅地の隅に止まっていた。
下校する女子高生達に怪しまれずにつけ狙うのは難しかったが、なんとか吉田達はあの教師の姿を捉える事に成功し、教師の駆る赤い軽自動車を追走してここまで来ていた。
『……んだよ。アイツ結婚してんのか』
住宅地の隅の二階建ての新築に、ターゲットは入っていった。
カーポートには既に真っ黒な高級セダンが収まっている。
その憎らしい新築には不用心にも表札が付けられており、そこには
［浅井誠也・唯］
の名前が刻まれていた。
二階の部屋からは焦らすように灯りが漏れている。
この我慢の利かない勃起した男根を引っ提げて乗り込み、あの部屋の中で誠也とかいう夫をブチのめし、その隣りでターゲットの唯を姦してやろうかと思ってしまう。
……と、そこに電話が鳴った。
焦りは禁物と言わんばかりのタイミングに、吉田は深い溜息を吐いて電話に出る。
｛風花のアパートは分かったぜ。今からじゃどうにもならねえし、一旦仕切り直しするぞ｝
頭と股間に血が上気せていては、上手くいくはずの狩りすら失敗してしまう。
吉田は鈴木の意見に従い、根城に帰った。