お兄ちゃんの好きなもの-5
ガトーショコラのアイスを大事そうに手に持ったしのちゃんと並んで、木陰のベンチに腰掛ける。ランドセルを背負ったまま座ったしのちゃんはもう、棒アイスの紙の包装を剥き始めている。
俺の視線に気づいて、えへへー、と笑い、無心にアイスを食べ始めたしのちゃんを見ながら考える。今後どうやったら、しのちゃんの身体に負担をかけずに「エッチなこと」ができるか。まぁ、小2のしのちゃんで性的欲求を満たそうとしている時点ですでにヤバいんだけれど、せめて熱中症のようなリスクだけでも回避しておきたい。さりとて俺の部屋に連れ込んだり、しのちゃんの家に行ったりするのはまだ憚られる。
しかも、と、俺は俺に向かってペドの自分勝手な理屈を並べ立てる。今日は過去最高のオナペットを目の前にしておきながら不完全燃焼に終わった。九回裏ランナー三塁でマウンドに上がって、一球もバッターに投げずにボークでサヨナラ負けしたような、ピッチに入れてもらったとたんオウンゴールかましたような、そんな情けない気分だ。この不完全燃焼、どうしてくれようか。ああせめてしのちゃんのパンツ、動画で撮っておけばよかったかな。
「お兄ちゃん、アイス食べないの?」
ガトーショコラアイスをすっかり食べ尽くしたしのちゃんが言う。自分が全部食べちゃってから言うかい。「の」の形にかすかに尖らせたままのしのちゃんの唇に、ガトーショコラアイスとその中心に入っていたバニラアイスが、茶白のマーブルを散らすように残っている。
「うん、俺はさっきの水で涼しくなったから……」
そう言いながら俺は、ポケットから出したハンドタオルでしのちゃんの唇についたアイスを拭き取った。ついでに頬や額の汗、どさくさでちょっと力を入れてしのちゃんの前歯や歯茎も一緒に拭く。アイス混じりだけどちょっとはしのちゃんの唾液も吸ってくれただろう、せめて今夜これで抜くか。しのちゃんの生体液。しっかしド変態のやることだなこれ。
「アイス、あんまり好きじゃないの?」
「うーん、そういうわけじゃないけど……」
「あ、そうだもんねー」
しのちゃんが意味ありげに言ってくすっと笑う。
「……?」
「お兄ちゃんが好きなのは、あたしと、パンツ。でしょ?」
いや、あの。まぁ、当たっちゃいるけどそれを言ったら元も子もない。
「しのちゃんが大好きなのは本当。パンツは……うーん、しのちゃんのじゃなければ、興味ないな」
「ふふ。やーらしっ」
「やらしいだけじゃないよぉ。俺は、しのちゃんが身につけてるものを見ると安心するんだ」
「あたしの身につけてるもの?あんしん?」
「そう、しのちゃんと一緒にいないときも、そばにしのちゃんがいるような気持ちになりたいから、あぁ、あのときしのちゃんがこういう服着ていたな、こういうパンツ穿いてたな、とか思い出して、そうすると寂しくないから」
「そうか、お兄ちゃんひとり暮らしだったよね。あ、だから、あたしの画像とか動画とか撮るんだ」
ぴょこん、としのちゃんが立ち上がる。ベンチの前、木陰が途切れるギリギリのあたりに立って、こっちを向く。
「乃木坂の新曲覚えたよ、撮ってっ」
しのちゃんは右腕をL字形に曲げて立てて、自分の顔に向けてサムアップした。乃木坂ポーズか。
「オッケー、しのちゃんの歌は大好きだよ、乃木坂のCDよりもいっぱい聴いてる。こないだのリトグリのやつも昨日動画見てた」
これは本当だ。まぁ、「聴いてる」「見てる」だけじゃないときもあるけど。
「……しーでぃーって、なに?」
うわ、俺もこういうジェネレーションギャップみたいなことに直面するような歳になっちまったのか。いや俺まだ二十代だぞ。あ、そうか、交流している相手が年下すぎるのか。ペドあるあるだな。そんなにしょっちゅうあっちゃ社会的に問題だろうけどさ。
日が暮れかけて、いつものようにしのちゃんの手を引いてしのちゃんの家の近くまで送る。今日ははるかぜ公園へは歩いてきたから、自転車を取りに戻る必要はない。
しのちゃんの家は、街の中でも再開発が遅れ気味の地域にあるから、住人が比較的少なくすれ違う人はほとんどいない。今の俺には好都合だけど、この道を使って登下校するのは防犯的にはあんま良くないな、と、俺は他人事のように思った。傍から見れば俺だって防犯上危険人物なんだけどな、「こいびと」とは言えど。
「ねぇ、お兄ちゃん」
しのちゃんの家に通じる路地につながる三叉路に差し掛かったとき、しのちゃんがふっと立ち止まった。
「ん?」
俺を見上げるしのちゃんの表情は、夕日がちょうど逆光になってよく見えない。ただその声は、なんとなく楽しそうな、それでいて軽い緊張感を含んでいるような、そんな口調だ。
ちょっと間が空いた。しのちゃんは俺の手を握っている左手にきゅっ、と力をこめる。
「お兄ちゃん、うちに来てくれたら……しののパンツ、お兄ちゃんに一枚、あげてもいいよ」
「……へ?」
空前絶後に間抜けな声が出た。しのちゃんが俺より一歩前に出て、くるり、と俺に向かい合う。夕日の順光を受けたその表情は、いままでに見たどのしのちゃんの表情よりもやさしい。
「お兄ちゃんさっき、あたしの服とか思い出したら寂しくないって言ってたよね?お兄ちゃん、あたしのパンツ好きみたいだから、もしパンツあげたら、寂しくなくなるかなって」
五時を告げる役所のチャイムが遠くで鳴った。三叉路には俺たち二人以外人影がない。
「あ、ママ、お仕事でいないから、遠慮しないでだいじょうぶだよ」
やさしく微笑むしのちゃんの顔の汗は、いつのまにか引いていた。