謝罪と裏切りと裸の女王様(後編)-3
思いもよらぬことが矢継早に起こり、事態も十分に呑み込めないまま、これまでみさきはただ茫然と事態を眺めていた。それでも、これまで自分を雁字搦めに縛っていた鉄鎖が、みるみる解けていくことだけは感じていた。
いまだ裸のまま手で胸と股間を覆いつつ立ち尽くす彼女に、恵美がゆっくり歩み寄った。
「ごめんね……今まで本当にごめんね、みさきちゃん!」
恵美は泣きながら、みさきのか細い裸身を抱きしめた。
「あ、ありがとう……水沢さん……恵美ちゃん!」
みさきもまた、とめどなく涙を溢れさせつつ、抱き返す。
彼女は自分がまだ裸でいることにふと気づいて、改めて恥じらいの表情を浮かべる。それを察した恵美は、これまで脱がされた衣類を拾うと、一つひとつ手渡していった。
みさきは恵美の陰に隠れるようにしながら、震える手で下着を着ける。やっと陰部も胸も覆えると、これだけではまた恥ずかしい恰好なのも忘れてしばらく立ち尽くした。そんな彼女に恵美は優しくブラウスを着せ、スカートを履くのを手伝った。
やっとのことで制服姿に戻ると、解放感とともにこれまで受けた辱めの数々も思い出されて、いよいよみさきは涙が溢れてきた。恵美の制服の胸元をびしょ濡れにするまで、泣き続けた。
このときまで、浩介は2人の美少女の裸身を目の当たりにした興奮に続いて、それから女子たちの間で起こっためくるめく事態に呆気にとられ、しばらく何もできずにいた。股間のモノも、ずっと突っ立ったままだった。
彼はみさきが制服を着るまで目をそらしていたが、服を着た彼女に歩み寄ると、真っ赤な顔のまま、何度も頭を下げて謝った。
「相生さん、ごめん! 許してくれ!」
茂正の時と違って、浩介に対するみさきの思いは複雑だった。彼は馬鹿げた謝罪ショーに抗議し、ぶち壊しにしてくれた。そのときは彼女を助けようとしていたことは確かだ。とはいえ、その後には成り行きに巻き込まれたとはいえ、彼女のからだを目で辱めたのは事実なのだ。
浩介はそんな自分を確かに恥じていた。つい助平心に駆られて、みさきの下着姿、そして裸に見入ってしまった。なぜあの時、瑞華たちを蹴散らして彼女を助けようとしなかったのか、今さらのように後悔に苛まれていた。それだけに謝りながらも視線を落とし、まともにみさきの顔を見ることもできないでいた。あの試合に敗れたときだって涙など流さなかった浩介だが、この状況では泣きそうになっている。
そうした浩介の様子に、みさきもそれなりの誠実さは感じていた。とはいえ、自分の裸を見つめていたときのいやらしげな目は彼女もよく覚えている。その忌まわしさを思うと、簡単には受け入れられるものではなかった。
「あの、私……」
どう気持ちを整理していいのかわからず、みさきは言葉を続けられなかった。浩介と顔を見合わせるのも憚られた。
「今は、何も言えません」
どうにもいたたまれなくなり、彼女は顔を背けた。そして恵美の方を向くと、互いに無言で頷き、この部室から足を返そうとした。
「待ってくれ、相生さん……」
浩介は震える声のまま、みさきたちを引き留めようとする。
だがそんな彼はふと、背後にただならぬ気配を感じた。
振り向くと、瑞華が裸のまま、狂おしい形相で迫ってきていた。床にへたり込んだ姿勢からほとんど四つん這いのままであり、獣のようですらある。
「西永くん、お願い、あたしを抱いて! あたしにはもう、西永くんしかいないの!」
浩介が気づいたときには、もう瑞華は彼に裸身を預けていた。
「いいから、好きなようにして!」
瑞華は全てを失ったあげく、想い人に縋れるものなら縋ろうと、ほとんど自暴自棄になって身を任せようとした。恵美もみさきも見ている前。何も装備の用意がない上で、事に及んだ後にどうなるか。そういうことも頭にはなかった。
ここで浩介が応じたなら、ある意味では瑞華の最大の目的は果たせたのかもしれない。
抱きかかる瑞華の肌が、豊かな胸の膨らみが触れるのを感じると、さすがに浩介も理性をとろかされそうになる。股間のモノもまたしても頭をもたげてくる。だがこんなところで、まだ中学生の身で、そしてほとんど狂女と化した瑞華の誘惑に屈して事に及ぶわけになどいかなかった。
「いい加減にしろ!」
浩介は懸命に理性を保って、しがみつこうとする女を振り払い、突き放した。そして、たまりかねて部室を飛び出した。
「ま、待って西永くん! 待ってよ! ああーっ!」
瑞華の絶叫も、届きはしない。
またもや呆気にとられつつも、おもむろにみさきも、恵美ともども忌まわしい思い出ばかりが残るこの場を黙ってあとにした。
後には、本当に何もかも失い、喪失感と敗北感、無力感、そして屈辱でぬけがら同然となった瑞華が全裸でへたり込んだままひとり残された。
その周りに脱ぎ捨てられた衣服の一つひとつが、さながら自爆した残骸のようだった。
みさきは振り返ってその有様を一瞥はしたが、心優しい彼女も瑞華には一抹の同情心も抱くことはできなかった。