謝罪と裏切りと裸の女王様(前編)-2
ほどなくして、キィという音とともに部室のドアが開く。ノブを持つ瑞華に通されて、まず浩介が入ってきた。もちろん、部室でプレゼントを渡されるとしか聞いていない。
入った途端に目に飛び込んできたものに、浩介も戸惑いと驚きを隠せない。
そこには、下着だけの恰好でうずくまる女の子の姿があったからだ。どう見ても、着替え中に折悪しく入ってしまったという様子ではない。
見ると、その子は相生みさき。彼がずっと思いを寄せてきて、この間告白したが実らなかったあの彼女ではないか。明らかに恥ずかしさと恐怖で身をわななかせている。
「おい、これはいったいどういうことなんだ?」
浩介は、続いて入室した瑞華たちの方を振り向いて問い詰める。
「それはね」
瑞華は冷たい笑みを浮かべて、口を開く。
「相生さんが西永くんに謝りたいって言ってるの。だからこうして、来てもらったのよ」
そう言いながら、瑞華はみさきの方を見る。今までほとんど「あんた」ぐらいでしか呼ばなかったのに、こんな時ばかりは「相生さん」呼びだ。
みさきはまだ背を向けたままだ。だが強制しておいて「謝りたいと言っている」などという理不尽な言葉に加え、瑞華の氷のようなまなざしと、男子の浩介の視線は背中にもひしひしと感じられ、いよいよやりきれない思いに駆られる。
「さ、立ってこっちを向きな」
そんな彼女の思いをよそに、瑞華は指示してきた。そうすれば男子もいる前で正面から下着姿を見られることになる。数日前に茂正の前でそうさせられた悪夢がよみがえってきて、みさきには恥ずかしくてたまらない。逃れようがないと知りつつも、言われるまま立ち上がる気にはすぐになれない。
それを見て瑞華は、隣にいる恵美に目で合図する。恵美は無言で頷くと、みさきの手を取り、背中を押して立つよう促した。
先ほどはあんなふうに言ってくれた恵美だが、やはり瑞華の言いなりで。みさきの力になってくれるわけではない。彼女も観念し、ゆっくりと立ち上がって、浩介と瑞華たちの方を向いた。思わず胸と下腹部を手で隠そうとしたが、瑞華が片手に持つスマホをかざし、制した。
「おい、謝るって、何を謝るんだよ?」
浩介にはまだ状況が呑み込めていない。みさきが彼の告白を断ったときにはもちろん「ごめんなさい」を言っているし、彼もそれは仕方のないことだと受け入れていた。それなのにあんな恰好で、いったい何が始まるというのか。
そんな彼をよそに、恥じらうみさきに向けて、瑞華は言いつける。
「じゃあ相生さん、始めて。恵美は撮影お願い」
瑞華は手にしたスマホを、改めて合図するように掲げた。顔を赤らめ、俯いていたみさきだったが、拒むことはできない。おずおずと顔を上げ、昨日まで練習させられてきた謝罪文を声に出して述べ始めた。
「私、相生みさきは……男をたぶらかしては……弄ぶ、最低……最悪の女です」
予行では棒読みだの、声が小さいだの散々ダメ出しされ、気持ちがこもったものに聞こえるよう、何度も練習させられた。とはいえ、自分を酷く貶めるような文言を、しかもこの恰好でまともに読むなど、やはり無理だった。
声も震え、からだも膝までがくがく震える。言葉もたびたび詰まった。
NGを出され、また最初からやり直させられるのかと思い、みさきは瑞華の方をふと見た。だが瑞華は、氷柱のような視線を返してくるだけだ。
瑞華にしてみれば、上手く読めたかどうかなど別に関係ない。昨日までの練習だって、みさきに屈辱を味わわせる目的でやらせていただけだ。「本番」で彼女がこんなふうにどぎまぎし、無様な様子を見せるのであれば、それも一興だった。
何も瑞華が言ってこないので、それにむしろ戸惑いつつも、みさきは相変わらず震えた声で言葉を続けようとした。
「このたびは……こともあろうに西永くんの心を惑わし、告白まで……」
だがそれを、浩介が声を荒げて遮る。
「無茶苦茶じゃないか、こんなの! 彼女に何したんだ?」
彼もあらかた事情は了解した。これがいじめ以外の何だと言うのだろう。憤りに拳を握りしめて、瑞華たちを睨みつける。
「いいから相生さん、続けて」
瑞華はそれに答えず、平然とみさきに促した。従うしかないみさきは、続きを言おうとする。
「やめろって! 何も謝る必要なんて無いから」
浩介はさらに強い口調で制止した。だが瑞華はみさきを指さしつつ返す。
「どうして? この子は西永くんを誑かし、気持ちを弄んだヒドイ女なのよ。西永くん、この女のせいで試合にも負けたのよ。許せるわけないでしょ? だから罰として、こうやって謝罪するようにさせたんじゃないの」
ここぞとばかり、浩介は自分を弄んだ悪女であるみさきに対して、憤りを露わにするに違いない―瑞華はそうなるものと信じて疑わなかった。謝罪したところで、許せるはずがない。そうしてみさきにさらなる辱めを与える目的で、この場を設けたのだ。
「相生さんが、そんな子なわけないだろ! 何が最低最悪の女だよ。だいたい、負けたのは俺の実力が足りないだけだ。勝手に彼女のせいになんてしないでくれよな」
浩介は決然と反論する。
「西永くん、そんな女に惑わされちゃだめって」
なおもみさきを貶めるように言いつつも、予想を大きく裏切る展開に瑞華は焦燥を隠せなかった。
「俺が惑わされたなんて冗談じゃない。ただ俺が好きになって、彼女の気持ちが俺に無かった。それだけじゃないか」