可愛い人2-1
ため息は幸せが逃げるというので、なんとか噛み殺した。あの夜からもう一週間になる。雄一とケンカなんて初めてのことだ。雄一は常に優しくて穏やかで、私が一方的に拗ねることはあってもあんな風に言い合うことなどなかった。ご飯を食べていてもお風呂に入っていても、あの時の雄一の表情が離れない。会いたくて会いたくて堪らないのに、勇気が出ない。
「なに携帯睨んでんだ?」
はっとして顔を上げると、山口先輩が金色の髪を弄りながら私の手元を覗き込んでいた。
「なんでもないです」
「その割にはえらい深刻そうな顔してたぞ?あ、着信」
先輩の言葉で携帯に視線を戻すと、画面には『雄一』の表示。私はパニックに陥り、先輩に縋り付く。
「む、むり!せんぱ、せんぱいが出てください!」
「なんで俺?てか雄一って宮坂先輩だろ?結衣ちゃん超仲良いじゃん」
「仲良いんですけど今は仲良くないんですけど仲悪いとかじゃないんですけど」
「待て待て。何言ってるかわかんねーよ。つか、とりあえず出ろよ」
「せんぱいが出て!」
咄嗟に通話ボタンを押し、先輩にそれを突き出した。
「も、もしもし?山口です。お久しぶりです。……いや、俺もよくわかんないんですよ……結衣ちゃんは…何か半泣きで俺をガン見してますね」
微かに漏れる雄一の声。低くてよく通る、雄一の声だ。一週間しか経っていないのに、懐かしさに胸が焦がれる。
「はい…はい…わかりました。伝えておきます。それじゃ」
先輩は携帯を閉じ、私を見つめた。
「雄一何て…」
「俺、キューピッドとか超嫌いなんだけど」
「へ?」
口をへの字に曲げ、携帯を私に投げ渡す。
「炒飯作って待ってっから今日来い、だとよ」
先輩の言葉が終わらぬうちに走り出していた。雄一に、会える。やっと会える。雄一を求めて高鳴る鼓動音以外はもう何も聞こえなかった。