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可愛い人
【幼馴染 恋愛小説】

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可愛い人-1

ドアを開けば、いつもの匂いといつもの雄一。「お腹空いた」「はいはい、おかえりなさい。炒飯でいい?」私のぞんざいな挨拶に微笑みながら、バックを受け取る。既に台所へと向かうその背中を眺めていると、自然に外の緊張から解放されてゆく。私と雄一はいわゆる‘お隣りさん’で、おしめを着けていた頃から一緒にいた。と言うより、一人っ子の私が二歳年上の雄一をお兄ちゃんとして慕い、後を付いて回っていたと言う方が正しいのかもしれない。小学生の頃男子たちに虐められたとき、中学生の頃部活の試合で失敗したときも、側で守ってくれたのは雄一だった。『何かあったら俺を呼びな。必ず迎えにいくから』高校生の頃、彼氏の浮気が原因で大失恋した私に雄一がくれた言葉。私はこの言葉に幾度となく救われてきた。私は昔から、雄一が世界で1番大好き。恋人とは違うけれど、世界で1番大切。「どうしよ…」食卓の椅子に腰掛け、出来上がるまでゲームでもしていようかと携帯を開くと、大学の先輩からメールが届いていた。「何が?」「デートのお誘い。山口先輩から」「だめだめ。あいつは軽い」雄一は私の通っている大学出身で、山口先輩のことも知っている。「だよね。あーあ、なんで私にはチャラチャラした男しか寄ってこないんだろ。昔からだよね」「結衣は見た目が派手だからな」「黒髪だしメイクも薄いよ?」「元々の作りが派手顔だし可愛いから目立っちゃうんだよ」フライパンを振りながら、こちらを一瞥する。「…可愛いは余計」「そうやって意外と照れ屋な所とかもやばいんだよな。無意識のうちに男心くすぐってさ。俺はいつもヒヤヒヤよ?」「そっちは最近どうなのさ」敵の口を塞ごうと話題の矛先を変える。途端に静まりかえる室内。雄一は自分の恋愛の話をしたがらない。ここぞとばかりに身を乗り出すと、目の前に魅惑的な香りを漂わせたおとりを差し出されて。「いただきまーす」「召し上がれ」雄一は向かいの席に座り、頬杖をついて私の様子を眺めている。これは恒例のことなので、構わずに夢中でそれを頬張る。「美味しい?」「うん」「良かった」雄一は笑うと八重歯が見える。普段は落ち着いている彼の幼い一面。私のお気に入りだ。「さっきの話だけど、雄一は彼女作らないの?」雄一は大学を卒業後、某有名企業に就職し、一人暮らしを始めた。それから私は毎日のように雄一の家を尋ねていて、実家と変わらないくらいの時間をここで過ごしているわけだが、雄一の恋人に会ったことは一度もない。それどころか、女友達を入れているのさえ見たことがない。雄一は仕事も出来るし見た目も良いし、モテないはずはないのに。「どうかな」雄一は苦笑いを浮かべ、お茶を口に含んだ。やっぱりはぐらかした。「雄一ってそうゆうこと教えてくれないよね。なんで?」問いかけながら、そっとスプーンに手を伸ばす。返答次第では…「そんなことな」間髪入れずに投げ付ける。雄一は右肩を押さえて目を剥いている。「ごまかさないでよ。私だって雄一のことずっと見てきたんだからそれくらいわかるもん」言ってから、なんだか本格的に悲しくなってきた。考えてみれば、電話をするのも家に行くのも決まって私から。私が思っているほど、雄一は私を必要としていないのかも知れない。「ねぇ、どうして?」雄一は俯き、黙り込む。雄一にとって私は何なのだろう。「言えないよ」ゆっくりと顔を上げ、呟くような声でそう告げた。口を固く結び、拳は筋が浮かぶほどに強く握られている。こんな雄一を見るのは初めてだった。「私たち兄妹みたいなものでしょ?何でも話して欲しいよ」「言えない。結衣が俺を嫌になるから」「嫌になんてなるはずない。私はどんな雄一だって大好きだよ?」「…好きとか言うな」「何それ、もういい」わざと乱暴に音をたてて立ち上がる。せっかくの炒飯を残し、振り返らずに部屋を出た。暫くして、足を止める。追いつける速さで走っていたのに、雄一は現れなかった。いつもなら『結衣も一応女なんだから』と言って必ず家まで送ってくれるのに。車は使わずに、くだらない私のお喋りにひとつひとつ頷きながら、わざわざ一緒に歩いてくれるのに。私は一人、あるはずの横顔を思って立ちすくんだ。


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