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『彩音〜刻まれた夏の熱〜』
【その他 官能小説】

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『彩音〜刻まれた夏の熱〜』-9

夕方近く。部屋から見る街は、点在するネオンが、滑稽に映る。途切れかかった、飛行機雲が、夕日に浮かぶ。鳥の群れが、どこかへ帰る。恭一からの電話が鳴ったのは、小さな丘に夕日が傾いた頃。不安を隠すような、メイク。いつもより、少し、時間をかけて…。吐き出したい心ほど、人は隠そうとする。私もまた、動揺を悟られないように、丁寧すぎる“顔”を描いた。駐車場で一旦部屋を見上げ、自分の背中を押す。こんなにも愛しい。こんなにも求めている。恭一を…。明かりのない部屋に、二人の影が浮かんで見える。アクセル。踏み込む爪先に、小さな震え。まばたきが、いつもより多く感じる。赤信号が、長く思える。見慣れた街。走り慣れた道。恭一の姿は、この街にある…。

 ウインカー。左に。乗り込んできた恭一が、鞄を後部座席に投げる。大きく息を吐いて、シートを少し倒す。
「ありがと」
優しい笑みが隣にある。
「どうだったの?」
聞きたい言葉。言いたい言葉。何度も喉を上下する。
「ええっと…」
間抜け過ぎる、私の言葉。惨めすぎる、私の言葉。
「ごめん!ご飯食べたんだ」
恭一が顔の前に手を合わせる。
「そうなの…」
ウインカー。右に。軽くアクセルを踏む。
「帰る?」
恭一が私の横顔に視線を送る。
「少し…走ろうよ」
目だけを返し、私は答える。
「いいねぇ、たまには」
小さく恭一が、笑う。ヘッドライトを点灯し始めた車列の中。二人を乗せた空間が、滑り出す。
「どこ行く?」
「どこ行こうか」
私が小さく笑う。大きな月が、夜空に現れていた…。

 片側3車線。路肩の標識。車線変更。右へ、右へ。アスファルトが吸込まれる様に、後方に流れていく。踏み込む、アクセル。恭一は真直ぐ前を見ている。私は気配でそれを知る。車線変更。左へ、右に。意志を持たない車列を抜き去る。短いトンネルを駆け抜け、二人の前後が闇になる。爪先を少し上げ、スピードを安定させる。
「スカウトされたよ…」
恭一が、シートに深く身を沈めて呟く。所属事務所内での“スカウト”それが何を意味するかは、もう、分かっている。
「そう…」
ヘッドライトを、闇が嫌う。
「よかった…ね」
窓をほんの少し、開ける。冷たい外気と、震える様な風が、入り込んでくる。パーキングエリア、左手に。
「少し休もうよ…」
恭一の声が、私にブレーキをかける…。

 少しの自動販売機と、小さなトイレ。仮眠をとるトラックのアイドリング音が、虫の声に絡まる。
「次のエリアにすればよかったかな…」
もう少し走れば、食事施設を持つ大きなパーキングエリアが、ある。
「いいよ…お腹空いてないし…静かで、いいじゃない…」
車を駐車場内の端に停め、私はエンジンを切る。静寂。白い、月。薄い、星。
「いつから行くの?」
私の目を、一度見て、恭一がシートをフラットに倒す。低い車内の天井を見ながら
「また連絡あるんだ」
とだけ答える。そのまま目を閉じて、恭一は大きく息を吐く。両手を、伸す。水銀灯の明かりに、綺麗な顔が浮かぶ。二人の間にある、空気の破片。互いに、言いたい言葉が、ある。互いに、言わなきゃいけない想いが、ある…。

 「行くんだよね…?」
独り言の様に、私は、言葉を吐く。
「うん…」
見下ろす恭一の顔が、一度、顎で頷く。愛し過ぎてしまった。私は…恭一を。この綺麗な顔に、全てを預けてしまっていた。距離ではなく、存在。嫉妬を抱くほどに、恭一の眩しい明日が、私には見えてしまう。距離ではなく、存在。飲み込むほどに、求め合い与え合った時間は、きっと、もう、遠くなる…。シートベルトが軽く金属音を立て、乳房を撫でながらホルダーに納まる。解き放たれた、私。解き放った、私。目を閉じたままの、綺麗な顔に口付ける。細く柔らかい恭一の髪を掻き乱し、唇を押し付け、舌を滑り込ませたまま名を呼ぶ。
「恭一…恭一…恭一」
小さく開いた恭一の口の中。歯の裏を舐め、濡れた歯肉を確かめる。

 細く柔らかい恭一の髪を掻き乱し、唇を押し付ける。耳。首。喉。濡れた舌先が、恭一を確かめていく。
「誰か…来るよ」
海面に顔を上げ、呼吸するように、恭一が、私の、キスを、外す。滑るような首筋を吸いながら、私は、恭一のファスナーに手をかける。
「欲しいの…お願い…ここで…欲しいの、恭一…」
哀願。懇願。切ない想いは、儚い願いとなって、口をつく。ベルトを緩め、ホックを外す。剥き出しの恭一が、私の手に、ある。熱く、天を刺すような、隆起。背骨を邪魔だと思うほど、身を曲げ、熱を口に運ぶ。はしたない音が車内に、籠る。私の紅い耳に、恭一の指が、かかる。丁寧に切り揃えた爪が、耳穴を塞ぐ。たまらない…欲しい…我慢できない…欲しい…恭一。胸が、泣く…。


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