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『彩音〜刻まれた夏の熱〜』
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『彩音〜刻まれた夏の熱〜』-8

奥歯を噛む。宛てもなく、舌先は、歯茎を舐める。放出と絶頂は、微妙なズレを伴って、互いの体を意識の外へ、放り出す。一瞬に燃え尽きた恭一の体が、汗に濡れて、私の乳房に落ちてくる。頬と頬を掠めて、耳の横に猛々しい息遣いを繰り返す。呼吸する腹部が、二人の間に隙間を作る。潰された乳房の中で、隆起したままの乳首が、逃げ場を求める。深く息を飲む。深く息を吐く。その繰り返し。恭一の耳に、私は、言葉を投げる。正気と狂気の間を彷徨う言葉を…投げる。
「どうして、私なの?」
引き抜かれるペニスと、引き抜かれた秘部が、寂し気に水音を立てる。恭一は微かに荒れる息遣いで、私を見る。
「好きだから」
少年の様な笑みが闇の中で眩しかった…。

 浅い眠りを繰り返し、朝に辿り着く。キッチン。物音。気配。射し込む朝日に、恭一の肌が美しい。
「どうしたの?」
私から…。
「事務所に行くんだ」
恭一から…。いつもロケから帰った翌日は休むことになっている。いつも午後まで眠る恭一を見るのが、楽しく愛しい時間だった。
「何か、あるの?」
焦げたトーストと、見るからに分量を間違えた珈琲。忙しくテーブルに運びながら、恭一が咳をする。咳ごもりながら、朝特有のしゃがれた声で話し始める。
「本社のマネージャーが来るんだ、俺に会いたいって…」
そうだ、恭一の事務所はいわゆる支店で、本社は首都圏にあった…。何もまとってない乳房に鳥肌が走る。
「それ、って…」
トーストをかじる横顔。静かな朝。鳥にさえずりが、邪魔だった…。

 「わかんないよ、会ってみなきゃ…」
ゴクリと音を立て、珈琲を飲む。喉仏が、揺れる。身支度を始めた恭一を、ただぼんやりと見つめる。横にしかスライドしない視線。単調な呼吸。恭一が玄関脇に置いている鞄に手をかける。靴紐をしゃがんで結ぶ。体の真下から、言い知れぬ不安が私を貫く。ベッドから飛び出し、裸のまま恭一の背中に、抱きつく。抱き締める。抱き寄せる。お願い、こっちを向いて。その顔を見せて。恭一…。振り向いた唇に、堪えきれず口付ける。押し付ける。恭一…。伸した舌先を遮る様に、細い腕が私の肩を、離す。
「迎えに、来てよ」
いつもの笑顔。いつもの声。いつもの…恭一。頷くこともできず、私はその背中を見送る。部屋に残った珈琲の香りが私を包んでいた…。

 本社。マネージャー。会いたい。俺に…。恭一の言葉が、私の中で、排水溝にできる渦のように残っていた。サイドボードに置かれた、二人の写真。恭一の笑顔が、遠くへ、遠くへ、運ばれていく寂しさ。切り立った崖の上に立たされたような、孤独と不安。時間が、進まない。窓ガラスを割って“今”を壊したい。哀願のような破壊衝動。時間が、進まない。残酷と呼ぶには刹那過ぎる、一人の時間。恭一が居なくなった時のことなど、この胸に思ったことなどなかった。それが、今、あり得る現実として、私の前に横たわっている。距離のことではなく、存在の、こと。眩しい光に包まれる恭一を想像するのは、ひどく簡単だった。哀し過ぎるほど、簡単に想像できる。恭一なら、きっと、成功、する…。

 思うままに、抱き締めることができた。想うままに、独占することができた。道行く女達の視線に優越感を抱きながら、私は恭一に愛されてきた。恭一を愛してきた。美しい、その顔は、私だけが口付けることができた。距離のことでなく、存在の、こと。きっと、何かが変わる。きっと、何かが。それが、私を真下から貫く不安の正体。裸の胸に、熱すぎるシャワーを浴びせかける。この乳房に、何度、恭一が顔を埋めただろう。不思議な笑みが、私の唇に宿る。何度、恭一がこの体を求めてきただろう。左手。中指。クリトリス。小さな秘肉が呻きを上げる。シャワーに包まれたまま、愛液を指に受ける。軽く曲げた間接。掻き乱す。慰めの指が、優しく吐息を誘う。
「恭一…」
その名を呼びながら…。


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