『彩音〜刻まれた夏の熱〜』-7
シャワーに濡れた髪。そのまま。ベッドに横たわる裸の恭一の、元へ。
「あったかい…」
囁きが、耳に熱い。タオルに包んだ乳房を押し付け、私は、ねだる。美しい顔から伸される舌先は、例えようのないほど、淫らで卑猥…。恭一の顔横に手をつき、背を反らし、私は乳房を差し出す。剥ぎ取られたタオルは、私の理性。引力に揺れる乳房の先で、乳首が優しく吸引される。ねっとりとした口中で、転がされる。もう1度、背を反らし、大きく喘ぐ。壁に映る、私の影。恭一の愛撫が、私の胸に刺さった小さな嫉妬を舐めてゆく。舐められる度、痛みを憶え、小さな嫉妬が膿んでいく気がした。強引に恭一の愛撫を振り切り、私は、身を沈める。熱が欲しい…あの、恭一の熱い、もの、が…。
狂おしいという言葉を唱えながら、恭一の熱を口に運ぶ。何度となく繰り返してきた濃密な夜…恭一が欲しがる愛撫を、私は知っている。根元から先端へ向けて、焦らす程に、悪戯な程に、舌先を滑らせる…それを恭一は低い呻き声を発して欲しがる。でも、今夜は…今夜は、それを私の体が許さない。ちらつく長い髪の影。車内にたちこめた、私とは違う香水の匂い。例えそれが優しさだとしても、私を置き去りに話し込む、恭一と女の結ばれた視線。肌の上で、全身の産毛が逆立つような感情。荒々しく恭一のペニスをほおばり、だらしなく唾液をこぼす。濡れ光るペニスに音を立てて吸い付く。唇が皮膚の一部に、なる。飲み込みたい衝動。嗚咽を憶えるまで、喉奥にそれをくわえこむ…恭一を無視して…。
「ど…どうしたの」
呻きながら恭一が問い掛ける。その声に、なんでもないのと答えるように…聞こえないとでも言うように…唇で挟み込んだペニスを激しく上下に擦る。根元には指を添え、絞り出すようにしごく。恭一の腰が、浮く。汗が脇腹を落ちていくのが見える。飲み込みたい衝動。生暖かい精液でなく、恭一そのものを…このまま…私の中に、閉じ込めたい。激しさを増す愛撫は、嫉妬という傷の痛み。耐えきれず叫びを上げる、私の心。だから、こんなに淫ら。ここまで、淫ら。水気を飛ばして、髪を振って、私は恭一のペニスを滑る。鼻をつく唾液の匂いも、目頭を刺す汗のしょっぱさも、瞬間的に過去になる。今、私の中にある“感触”が全て。熱く、硬い、感触こそが、私の“今”でしかない。
もし、今、目の前に恭一がいなくて、ただ一人、単なる“運動”として、この動きをしたとしたら…何分できるだろう。きっと数分で私は力つきる。恭一がいるから、熱を欲してるから、できる動き。目眩がしそうな頭の振り。首は曲げられたまま、背は曲がったまま。このまま…このまま…止まらない私を強い力が、肩にかかる。剥ぎ取られるように、私は離される。腕。細くても、男の、腕。恭一の爪が、肌に、痛い。言葉は、ない。確かめ合う、目も、ない。剥ぎ取った私をベッドに沈め、恭一は脚を割ってくる…。標的。自らの指で狙いを定めるように、恭一がペニスの根元に手を添える。泣き濡れた私自身が、涙を流して恭一を招き入れる…。取り憑かれたように、いやらしく泣きながら。
濡れた背中。恭一の腰がゆったりとした幅で、私を射抜く。劇場の照明が一瞬にして暗転するように、恭一の“幅”が一気に小刻みになる。早く、そして、強く…。男の仕組みは簡単でいいなと羨む。嫉妬にしろ、憎悪にしろ、高ぶる感情は、激しく荒々しい動きで、果たすことができるから。わたしは濡れた背中に踵（かかと）を当てる。巻き付けた、脚。化石のような恭一の背骨を、踵で、叩く。恭一の動きに反発する。僅かでも、恭一の動きの逆を突き、ギクシャクした波を立てる。思うままに射抜けない恭一が、難しそうに、もどかしそうに、それでも腰を振ってくる…。押し寄せる放出の脈。美しい恭一の顔が、闇に妖しい。目を閉じている。スクラップブックの、あの写真のように…。