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薄氷
【SM 官能小説】

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薄氷-3

その夜、あなたは眠れなかった。悶々とした頭の中に妻の影像が虚ろっていく。そのまどろみの中で妻の像があなたの軀(からだ)に重くのしかかってくる。
近すぎる妻の瞳がおぼろげな光を湛えている。光は美しすぎる毒を含んだように結晶し、万華鏡のように光彩を放つ。漠として拡がる妻の顔が、不安定な、寂寞としたあなたの記憶の澱みを縫うようにひとつの旋律となって奏でている。その音楽に酔うように、あなたは深い眠りに堕ちていく。
突然、淡い光に充たされた憧憬の中を若い女が駆けていく。女は誰かに追いかけられている。風に靡いた髪が、揺れた胸が、ねじれた腰が、荒々しい手に引きずられた細い足首とともによじれ、地面でのたうつ。引き裂かれる衣服、毟りとられる下着、開かされる白い太腿のつけ根、そして女の体に覆いかぶさった灰色の男の影。もしかしたら女の顔は妻だったかもしれない。それを確かめようとあなたはその憧憬の中でもがいていた。でも確かめようがなかった。なぜなら、あなたは若い頃の妻の顔を知らないのだから。
裸に剥かれた女の上で腰を烈しく上下に蠕動させる男の背中のシャツに蒼い汗が滲んでいた。男の浅黒い尻の肉が卑猥に収縮した。唇の中に剥がされた下着を咥えさせられた女は嗚咽と涎を唇の端に滲ませている。その目は虚ろでありながら恍惚とした光をどろりと溜めていた。

憧憬が不意に変わる。女の顔が淡い霞の中からはっきりと浮かんでくる。女は笑っていた。それはきっと三年前に別れた妻の顔だったかもしれない。いや、妻に違いなかった。妻の唇はつやつやと湿っていた。接吻に向かう妻の濡れた唇。不意に現われた男の顔……妻の唇の先はあの男だった。あなたは身動きできないままにその憧憬から引き離される。あの男と妻の像が抱き合い、絡みあうように重なる。男は妻の細身の肩を抱き、彼女に唇を寄せる。そして妻の唇の湿りを十分に吸い取った男の唇は、妻の裸体の隅々へ向かおうとしていた。そのとき、あなたは烈しい身悶えをした。あなたは男に抱かれた妻を求めているような気がした。いや、男に抱かれている妻だから、《妻として烈しく感じた》のかもしれない………自分の孤独の中にある棘を癒すように、深海の水を掻きたて沈み込んだ藻をゆらすように、そして自らの首を絞めるように。


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