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薄氷
【SM 官能小説】

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薄氷-2

ファミレスの店内は客が多いというのに、あなたと男のまわりだけが切り取られたように静かだった。
「あたしも、あんたが、あの女といるところを見かけまして。彼女は三年前まであたしの女でしたから」と、男は啜り笑うように唇の端に細い線を刻みながら言った。
 そのときあなたは、あの女ことを想い浮かべた。意識していなかった女が《この男が抱いた女》として身体の中に匂いたってくる。
「お互いさまじゃないですか。あんたがあたしのものだった女を抱き、あたしがあんたの妻だった女を抱く。互いに手放した女ですよ」
 あなたは返す言葉を持ち合わせていなかった。目の前の男が、あの女があなたに話していた男であることへの戸惑いを隠せなかった。
「妻とは、どうやって知り合ったんだ」
「実は、K…子とは切っても切れない関係がありましてね。それが、偶然にも再会することになりまして」と言って男は薄く笑った。
「再会とは、どういうことなんだ」とあなたは言った。
「抱きたい女と出会う偶然の出会いはどこにでも転がっていますよ。意図があってもなくても。あんたとあの女のようにね。ただ、あたしは過去のK…子を少しばかり知っていただけのことですよ」と男は言った。
 あなたはあの女と知り合ったときのことを脳裏に描く。そこにどんな意図もなく、出会いの瞬間が無彩色の水彩画のように流れていく。

男は飲み込んだ珈琲で咽喉を鳴らしながら言った。「実は、もう二十年以上前の話ですが、やらかしましてね……あたしもまだ若かったもので」
「いったいどういうことなんだ……」
男は小声で囁くように言った。「強姦ですよ、それも相手はまだ女子大生だった頃のK…子でしてね」
あなたは自分の耳を疑った。男の声は小さかったが、砕けたガラスの破片のように鋭く尖り、強姦という言葉をはっきりと聞き取れることができた。
「驚いたようですね。ええ、K…子はあたしのことを憶えていましたよ。もちろんあたしの顔もね。女っていうものは初めての男って何年たっても忘れられないものですよ」と言いながら卑猥な笑みを頬に滲ませた。
 あなたは妻の過去を知らなかった。知ろうとしなかった。つき合っていたときも、結婚してからも。もちろん、そんなことを妻が口にするわけがない。でも、いったいなぜ、妻は強姦された男とつき合っているのか……不可解な疑問にどんな答えも想い浮かぶことはなかった。
男はあなたの表情を楽しむように覗きこみながら煙草に火をつけた。それ以上、男との会話は進まず、いつのまにか漂ってきたまわりの客の会話にかき消されるようにふたりの沈黙が過ぎていった。
男は不意に言った。「あなたが抱いているあの女は、あたしがすでに捨てた女です。だからあんたの自由にしていい。そのかわり、あたしはK…子の体を存分に楽しませていただきますよ」



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