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薄氷
【SM 官能小説】

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薄氷-11

二週間後、あなたはふたたび男とファミレスで会っていた。早朝の店は客もまばらで、ゆるやかな音楽だけが静まりかえった店内に流れていた。
「あの女から聞いているでしょう、あたしがどんな趣味を持っている男か」と、男は髪を撫でつけながら薄笑いを浮かべた。
あなたは、あの女の白い太腿の内側に残っていた痣を想い浮かべる。相手を痛めつけ、相手に虐げられることでしか、その濃密なつながりを感じることのできない男と女の関係があなたには理解できなかった。
「あくまでお互い合意のもとですがね……」
男は淫靡な含み笑いを漂わせ、深く吸った煙草の紫煙をゆっくりと吐いた。
「それにしてもK…子は、四十二歳の女にしては実にいいからだしている。ほっそりとしているが熟れた女の肉づきが何とも言えない。あたしの趣味にもぴったり合っている。あそこの生え具合といい、濃さといい陰毛の形といい、肉の合わせ目からむっとくるくらい、いい匂いがしてきます。それに割れ目もしっかり閉じているし、いい色をしている」
男は、まるで妻の肉体のすべてを知り尽くしているように、淫靡に語りかけてくる。
「尻の形や大きさ、それに肉の柔らかさも、あたしがものにしようとするには、ちょうどよかったですよ。鞭の手ごたえも十分でね。あたしも鞭や縛り、熱蝋といろいろな女と楽しんできましたが、若い女は面白くない。耐えきれなくて根をあげるからだめだな。でもあんたが抱いている女は、若いのに根っからのマゾ女でしたね。だからあたしの女になることができた……」と、男はこけた頬肉に皺を刻んで笑った。
「K…子もまた、あたしのものだと感じ始めています。あたしの調教によってね」
「調教……って、いったいどういうことなんだ」
「虐げられることで、身も心も男のものになる悦びを女に与えることでしょうか」と男は冷ややかな顔をして言った。
「妻はそれを受け入れたというのか」
「それは、あたしのやり方しだいですが、さっきも言ったようにお互いの合意のもとで行う調教だということです」
 男はそう言うと、珈琲カップを両手で包み込み、背中を曲げると淫靡な音をたててすすった。
「あたしはね、K…子の身も心も覆った皮をナイフで剥いでやりたいのですよ。ナイフの刃は剃刀のように薄くて、皮を剥ぐときには苦痛と同じような快感を与える……。どこまでもゆっくりと時間をかけて、苦痛を少しずつ増幅させる……それが調教というやつですよ。もちろんそれは想像の上のことですが。でも、ああいうことをしてきた彼女は、あたしにそうされることを欲望としていだいているのです」
「ああいうこととはいったいどういう意味なんだ」
「あなた、知らないのですか。これは驚いた。まかりなりにも妻が過去にどういうことをしていた女だったのか知らない夫ですか」と男は、あなたを軽蔑するように面白そうに笑った。そして胸のポケットから煙草を取り出すとゆっくりと火をつけて言った。
「黒いハイヒールの似合う脚をした女って、そういう気のある女ですよ。男のちんちんをハイヒールで踏みつけ、男の尻に鞭を振り降ろして感じる女でしょうか。そういう種類の女がいることをご存じでしょう。いや、あたしも自分が強姦した女がそういう女になっていることを知りませんでしたが。そういう女であるからこそ、あたしは、逆にK…子を鞭打ち、皮を剥ぎ、痛めつける妄想で熱くなることができるのです。ほんとうの彼女の顔が見たくてね。そんな女っているものですよ」と、男は笑って深く煙草を吸った。
 妻のほんとうの顔……あなたは胸の内でその言葉を繰り返した。妻のクロゼットの中に残された黒いハイヒール。それは妻の秘密だったのか。でも、あなたは、男が言うところのほんとうの妻の顔を知らない。そして男は妻のほんとうの顔を知っている……。目の前にその事実だけがあった。
「人間は精神的にも肉体的にも痛めつけられることで、痛めつける相手と深い関係を持つことができる、そうではないでしょうか。きっとK…子に痛めつけられた男は、彼女に至福の関係を求め、K…子は、伏(ふ)した男が彼女に描いた聖女の仮面に酔ったのです。いつのまにか自分が自分でない女に作られていくことにね」と男は言った。
 店内に流れていた曲がいつのまにかモーツアルトの弦楽曲に変わっていた。奏でられる旋律があなたの中にすきまなく入り込んでくる。
「実はあたしはあなたに初めて会ったときから思っていましたが、あなたは《そういう男》ではありませんか。いや、あたしには間違いなくそう見える」と言って、男は冷ややかな笑みを浮かべた。
 あなたはその言葉を否定も肯定もしなかった。
 男はゆっくりと長い脚を組み直して言った。「K…子は、作られた女です。あの女も同じです。いつのまにか自分の仮面を脱ぐことができなくなった女は、逆に痛めつけられる強い欲望をいだいている。仮面を脱いで自分がいったい誰であるのかを知るためにね。そして誰であるかを確かめるためにあたしと関係を持つのです」



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