影武者ドッペルゲンガー-3
3
電車での短い旅の途中でコアラとタスマニアンが飲み物を持ってきてくれた。
コアラは「俺は射撃に誘われただけなのに、なんでこんな女や子供の機嫌取りなんか」と面倒そうだったが、タスマニアンは「いや、お前の方がオーストラリアっぽくてポピュラーだし。つーかコアラが客の前でそんな無愛想を言ったら御仕舞いだろ?」と小声で釘を刺していた。
「まあ嬢ちゃん、安っぽいロマンス旅行だが適当にやれ。羽目外して死ぬなよ」
「すみません、こんな相棒で。愛想が足りないだけで悪気はないですから」
コアラの代わりにタスマニアンデビル氏がつぶらな瞳で詫びた。
どこかハードボイルドな物腰のコアラ氏は「煙草吸ってくる」などと言い残して先に行ってしまう。たぶん屋根の上とかだろう。
お盆に載せられたお茶のグラスをお礼を言って受け取り、眼鏡の若き女車掌と席に並んでの話は続く。
「それで、これから行く別の世界のあなたも、同じようなことを希望していたの。あなたより病気が重くって、でも幼馴染の弟みたいな男の子が居て。自分はもうダメだけど、その男の子があんまり可哀想だし、自分もちょっとは気が晴れるから、別の世界の自分にでも少しでいいからその子と付き合ってあげて欲しいって。それにパラレル・ミッションで精気を貰えば、あなたの病気も幾らかは良くなるかもしれないんだから」
なんだか狐につままれるような、夢を見ているような気持ちがした。
だがもう引き返せないのだし、莉亜としても望むところと、自然に覚悟と決意がかたまってしまう。車両で揺られながら、ずっと不安と期待が渦巻いていた。
4
プラットフォームに降り立ち、階段を上って駅構内の外、地上の世界へと出る。
噴水横の時計を見れば時間は午前十時。道中で仮眠を取ったことは覚えているが、莉亜の腕時計は午前一時を指している。発出した元の世界と到着したこの世界では、時間や日付がずれているのだろう。なんだか季節までが違うような気がする。
「本当にいた! 莉亜、さんですよね? 別の世界の」
駅前の空間で彼女を出迎えたのは、たぶん高校生くらいの少年だった。さも親しげに、知っている相手のような調子で話しかけてくる。
もちろん莉亜は面識もなく知らなかったが、ここにくるまでの道中であらましは聞いているから、この少年が「彼」なのだと察しがついた。
それに。
(どこか見覚えがあるし、知っている気がする)
過去に夢で見た面影と似ている気がしなくもないのだ。
「そうよ」
莉亜は思案顔で返事をした。
すると少年は目をしばたたいて携帯電話でメールを打っている。彼女を放置して。
横から覗き込む。
(本当に会えた。地下鉄の駅で)
どうやら宛先は元々この世界にいる、もう一人の莉亜であるらしい。
そちらへも関心が湧かなくもなかったけれども、まずはデートのお相手を検分する。
(こっちの私は病気が重い替わりに、こんな年下の幼馴染がいるのか)
どちらかと言えば線が細く、優しげな印象ではある。それにわざわざメールのやり取りする辺り、こちらの世界の莉亜と仲がいいのは本当なのだろう。
「莉亜さん、体の具合は?」
先入観からしても訊ねたくなるのは当然だろうし、あながち懸念は間違ってはいない。
たとえ副次的な理由であっても、こんな風に気遣われて厭ではないし、彼女はパラレル世界から来た好きな相手と同じ人間なのだから(ドッペルゲンガー?)、彼が自分に好意を寄せていることも知ってはいる。
本当に愛されているのはこの莉亜本人ではなく、別のもう一人の自分なのであるけれど。
たとえ釈然とはせずとも悪い気はしないし、不思議な気分の高揚を味わう。
「今のところはいいよ。こっちの私より軽いみたいだけど、でもあんまり無茶するのはNGかな。こんな話するのはアレだけどあんまり長く生きられないとは思う」
率直に要点を告げると少年は顔を曇らせる。
そこで莉亜は励ますように、気を取り直して言葉を続ける。
「でもさ、今日は会えて嬉しいよ。私は彼氏とかそういうの、いないから」
「そうなんですか?」
少年は勘ぐるような目をした。
「莉亜さん、からかってませんよね?」
「えー?」
「携帯電話、見せてくださいよ」
何を言い出すのかと思った。
まさか履歴でも見たいというのか?
莉亜が厭そうな顔をしたことを察したのかどうなのか、少年は重ねて言った。
「さっきのメール、莉亜さんの携帯に届いてるんじゃないですか?」
そういうことか!
意味を理解した莉亜は携帯の画面を差し出し、自分が別の莉亜であることを示す。