日常Breaker3-2
「朝香。それ、何の匂い?」
「これ?ドリアンの香り」
「女子高生が使う消ゴムの匂いじゃないな」
「むぅ。それは失礼だよ」
「…でもドリアンって、味は美味いんだろ?」
「ま、まさか、やっくん」
「後で買って返すから」
「食べちゃ駄目だよ!お腹壊すよ?」
「死にはしないだろ」
「やっくん、大雑把な食生活だね」
呆れる朝香のセリフには何も答えず、泰久は消ゴムを口に運ぼうとする。
「待て、お前は遭難者か?人として最後のプライドはないのか」
朝香の鞄から、渋い声が聞こえる。朝香が鞄を開け、中から目・口・鼻がくっついた大根を取り出した。
「食うなら俺を食え!もっとも、ただでは食われてやらんがな」
「やかましい。大根なら大根らしく、八百屋でおとなしく座っとけ」
泰久は大きなため息をつく。
これこそ、幼馴染みな魔女っ娘の朝香が、魔法の失敗により産み出した奇跡の大根生命体、その名もダルニアス・イングリー・コンラッド。名前の頭文字を繋げてダイコンと名乗っている。
「フン。単なる大根である俺の調理に失敗した挙句、人間であろうとする意識さえ放棄したか」
「ダイコン、後で調理室に来い。箸でも持てないくらいドロドロになるまで煮込んでやるからな」
「やってみろ。その前に、そちらが床を舐めることになるがな」
「…この野菜が」
「…このサルが」
二人が睨み合っていると、突然女子の悲鳴があがった。
「キャーー、変態!ウェディングドレスの変態が出たー!」
「う、ウェディングドレスだって?」
泰久は戦慄した。こんな真っ昼間に、そんなもんを着込む男が頭に浮かんだからだ。
彼が硬直した瞬間、教室内に大きな声が響いた。
「ムム!?この悲鳴は、我が校のアイドルの河合さんの悲鳴だ!」
廊下から聞こえてきた悲鳴に、『河合さんファンクLove』リーダーの村上君が反応する。
「ま、まさか。河合さんが変態に襲われているのか?助けねば!」
「村上。河合さんが変態に何を教わって助けるだなんて、意味不明な文章だぞ」
「へ?村上と河合さんが変態に何かを教わって、意味不明に助けを求めているだって?」
「え?村上が河合さんに変態とは何かを教えて、意味不明だから助けを求めてる?」
「なんだと!?村上が、河合さんに意味不明で変態な何かをしようとしていて、河合さんが助けを求めている?」
「なにぃぃ!?つまり、村上は変態で河合さんにナニかをするつもりなんだな?そして河合さんは、その性癖が理解できないから助けて欲しいと」
村上君のセリフが、まるで伝言ゲームのように教室に広がっていく。
「河合さんを助けろ!村上をぶちのめせ!」
「なんて野郎だ、この発情ブタが!」
「グハァッ!ち、違…」
クラスの男子にタコ殴りにされながら、村上は必死に廊下を指差し、河合さんの身に起きた異変を伝えようとしていた。
パンチ、キック、金的、頭突き、くすぐり(足の裏)、デコピン、オラオラのラッシュなどなど、全員の必殺技をその身に受けて、村上は最後の声を上げる。
「み、みんな!廊下を見るんだ!河合さんが…!」
ガクッ…。
このような状況であっても、彼は河合さんの身を心配している。なかなかの「漢(をとこ)」だ。
「さてと」
騒ぎを見守っていた泰久は、ガラリと窓を開けた。
「やっくん、ここ三階だよん」
「サミュエルの知り合いと知られるぐらいなら、俺は自決する」
泰久は、目に涙を浮かべて呟いた。