「早くアナルセックスがしたい」-1
「で、なに。王川にそんな事言われちゃったわけ?あーヤダヤダ、だから年上の女なんて辞めとけって言ったのに」
「ちょっと一回黙って欲しい」
社員食堂はお昼の時間を過ぎると人が少なくなる。お昼休み野時間を逃した研究職の社員ばかりの今の時間、私と同期である嵐山勇人(あらしやま はやと)も例に漏れずテーブルの席に腰をかけていて。
今日の昼はオムライス。嵐山はカレー。スプーンをルーの中に突っ込みながら、彼はそう言った。
大きい声で話さないでくれないかな、本当に。人が少ないとは言え、上司や知らないグループの人だっているんだから。オムライスを食べながら言う話では無い、と言う事実は棚の上に置いておこう。私の彼氏、お尻の穴に興味あるらしいんだよね、とか実験疲れの頭でないと中々言えやしない。
嵐山は頬を動かして、喉の奥にそれを飲み込ませた後、ぐいっと体を近づけた。小さい声で話そうと言うことか。ガサツな男にしては、珍しく気を遣ってくれたな。
「王川の尻を調教すんの?それともお前の尻?」
前言撤回、やっぱりただのバカだ。呆れからため息を吐き捨てる。その質問、そっくりそのまま王川君にしたいよ私だって。どっちの尻?とか齢二九の女がしてはいけない質問だろう。そしてお前もだ、アラサー男子め。
「多分、王川君のお尻だと思う」
「じゃあ色々用意しねーと、ローションとか」
「あぁ……」
私より乗り気で話すじゃん。綺麗な黒髪をかき上げながら、嵐山は当たり前のようにそう言った。
何を隠そう、彼はゲイだ。キラキラ輝くオーラを身に纏うどころか、どこからどう見てもイケメンの嵐山は、入社当時多くの女性社員を虜にした。
理系職だからと言って女子が少ないわけでは無い。中には性格が結構きつい先輩だっていたけれど、その人でさえ彼の顔に惚れ込んでいた。顔がいい人間は良いもんだなと、その時に思った気がする。
私はと言えば、唯一の同期である嵐山が私よりもかなりハイスペックな大学の出身だと知っていたせいか、どうにもその顔に惹かれることはできなくて。要は負け惜しみを抱いていたせいで、周りの皆と同じように目の保養にとかそんな事さえ思えなかった。
多分、それが良かったのかもしれない。皆の前で「俺ゲイなんで」と、飲みの席で言っていた姿を思い出すたびに、笑ってしまう。
格好いいなと思ったのだ。人間性というかなんというか、その自信に溢れる凛々しい顔は、中身から来てるのだとその時に気づけたから。
「俺が教えてやりてーわ」
「嵐山の好みって王川君みたいな子?」
「うん、猫っぽい奴がいい」
「うっわ、そこにも俺様出すの?なんだかんだ言ってドMそうだけど違うんだ」
「お前、この後のミーティングで助けてやんねーからな」
静かだった食堂に、少しのうるささが加わった。女子の声が高く聞こえる、ということは営業課のエースが入ってきたのだろう。打ち合わせか、何かがあったのか。お昼を食べるのが今日は遅いなんて可哀想に。
お疲れ様ですの声があっちこっちから聞こえる。耳を澄ませなくても聞こえる声は、もしも昼寝をしていたら怒りたくなるぐらいやっぱりうるさい。
「ほら、王子様が帰ってきた」
嵐山の指が入り口を示した。後ろを振り返れば、案の定そこには王川君がいる。
相変わらずキラキラとした笑顔を浮かべて、周りを囲ってくる女子達一人一人に挨拶を返していた。
律儀な人だと思う。だけどきっとそんなところが優しいのだろう。残り一口のオムライスを飲み込んで、水を飲みながら彼を見た。王川君は私の視線に気づいたのか、チラリとこちらを向くとその頬をほんの少し赤色に染めて、私にだけ見えるように小さく手を振ってきた。
「……健気だねぇ……」
ボソリと呟いたのは嵐山。ネクタイの上に乗せられている社員証がカレーのルーの中に入りそうになっている。そのまま汚しとけ。
健気ってなんだ。一度だけ話したことがあったかもしれないが、王川君はあの王子様のような甘いマスクを崩して、泣きじゃくりながら私に童貞を捧げたんだぞ。
今だってそう。泣きながら、それこそ顔を真っ赤にしながら、何度も見てるだろう私の全裸を元々大きい目をさらに大きく見開いて、目に収めるのだ。ムッツリ。どすけべ。健気というよりはただ、セックスに興味のある高校生みたいな彼を、健気と言ってもいいものか。
あんな顔して掘られたい願望があるなんて思わないだろう普通。男の体なら熟知してるだろう嵐山を頼った私がいけなかったか、嵐山はニヤニヤと笑いながら、私を見つめたままだった。