嵐の前-1
猛は、病院で緊急手術となり長時間に及んだが命には別状無く成功したと担当医から報告が有った。刺された瞬間反射的にナイフを持つ手を掴んでいた為に臓器をそれ程傷付け無かったらしい。テレビ番組で襲撃事件について映像を見ながら専門家が分析していたと後に知った。
美鈴の両親が病院に駆け付けてくれた。課長を始め、特捜部のみんなも心配してくれて時間の許す限り病院で猛の手術を見守ってくれた。美鈴は、血が付いた服を交換しないといけなかったが病院を離れたく無かった。
琢磨が猛の元カノ優花を連れてやって来た。琢磨が、
『叔母さん、猛があんな目に遭ったのは俺のせいだ。』
『俺が誘ったんだ、会見見に行こうと。』
『猛は、乗り気じゃ無かったのに。』
と俯き告白する様に言う。美鈴は微笑み、
『琢磨君のせいじゃ無いわ。』
『気にしないで、猛もそう言うわ。』
と語り掛ける。そして優花を見て、
『優花ちゃん、来てくれてありがとう。』
と礼を言うと優花は、
『叔母さん、ビックリしたわ!』
『こんな事が起こる何て!』
『でも、良かった。手術が上手く行って。』
と一気に話すと涙ぐんでいる。美鈴は優花を抱きしめ、
『ありがとう、そんなに思ってくれて。』
『もう大丈夫だから、先生が太鼓判を押してくれたわ。』
『痛み止めと強目の睡眠薬の為に暫く起きないから会えないけど。』
と話す。優花は頷き、
『うん、また来ます。』
『叔母さんにこれ、安物だけど。』
『叔母さん、着替えた方が良いわ。琢磨に聞いたの、叔母さんの服の状態が酷いって。』
と紙袋を渡す。中を見ると衣類が入っていた。美鈴は慌てて、
『ありがとう。』
『待って、今お金を持って来るわ。』
と言うと優花は琢磨の腕を掴み、
『本当、気にしないで。』
『叔母さんに、中学の時から何回もご飯ご馳走になったお礼だから。』
と逃げる様に去っていく。美鈴は慌てて、
『あっ、待って優花ちゃん!』
と止めるも琢磨を引き摺る様に帰って行く。美鈴は、
【優花ちゃん、ありがとう。】
【今度、お礼しなきゃ。】
と感謝する。改めて自分の服装の状態を見ると、至る所に猛の血が付いていた。病院と言う場所を考えれば、感染症の観点からも早く着替えた方が良いだろう。病院関係者も襲われて庇った息子が大怪我をした検事に言いにくかったかも知れないと落ち着いた今では思い至る。
女性トイレに行き、早速着替えた。ファストファッションで買ったと思われる、黒っぽいスカート、白っぽいシャツ、ベージュの薄いジャケットで美鈴の為に大人しめの物を選んだと思われた。下着や靴下なども入っていて、
【助かるわ、優花ちゃん。】
【本当にありがとう。】
と優花の細やかな気遣いに感謝する。美鈴の父親がパンなどの軽食を買って来て交代で食べながら、猛を見守る。夜中に猛が目を覚ました。最初、何処に居るのか判らない様子で動こうとするので、
『動かないで、傷口が開くわ。』
と美鈴が優しく言うと猛はまだ眠そう目を向け、
『そうだ。刺されたんだ。』
『母さんは平気なの?』
と聞いて来る。美鈴は笑顔で、
『大丈夫よ、何とも無いわ。』
『猛が庇ってくれたからよ。』
と話す。猛は頷き、
『良かった、良かったよ。』
と安堵の表情を浮かべる。美鈴は、それを見て感極まりそうになったが堪えて居ると横から、
『猛、大丈夫か。』
と美鈴の父親が話し掛ける。猛は、その時始めて祖父母に気付き、
『お爺ちゃん、お婆ちゃん、来てくれたんだ。』
と笑顔になる。美鈴の父親が、
『偉いぞ、猛。』
『良くやった。』
と言葉を掛けると猛は照れて、
『思わず、飛び出してた。』
『無我夢中だったよ。』
と笑う。看護師が入って来ると、猛が起きているのを見て
『起きられましたね。』
『先生を呼んで来ます。』
『機器類を使いますので、ご家族の方は診察中病室の外にお願いします。終わりましたら先生から説明があります。』
と言う。美鈴達は、一旦病室を出た。美鈴は、両親にトイレに行くと伝え、女性用トイレに駆け込みと個室に入る。便座に座ると手で口を塞いで泣き出す。
【猛が助かって良かった、本当に良かった。】
【猛がいつかの夜に言ってくれた事がある…】
【どんなに好きで尊敬してるか…】
【私の無事を聞いた時の猛の言葉から痛い程、それが分かったわ。】
【ありがとう、猛。】
と息子の愛の深さに感激と感謝の思いで一杯になる。涙を拭き、メイクを直して病室前に戻る。診察が終わり、医師から問題無いだろうとの事だった。
翌日、検査を幾つかして手術に問題なく後は治癒の為に暫く入院が必要との事だった。美鈴が課長にその事を伝えるととても喜んでくれ特捜部のみんなにも伝えると言ってくれる。
公判は、被告の山海が逮捕されたので今の所まだ予定は未定だと言う。課長は、暫く休んで良いと言ってくれた。山田に連絡を取ると、猛の手術が上手く行って胸を撫で降ろしたと言う。美鈴が礼を言い、
『肩の傷は、大丈夫?』
と心配そうに聞くと山田は、
『全然、問題無いです。』
『スーツの肩口の厚い所だったので、血はでましたけど絆創膏で十分です。』
と笑う。美鈴は申し訳無さそうに、
『直接会ってお礼言わなきゃいけないのに。電話でごめんなさい。』
『襲われた時助けてくれて、ありがとうございました。』
と言うと山田は慌てて、
『そんな、やめて下さい。』
『当然の事をしたまでです。』
『猛君が傷付く様な事になってしまい申し訳無いです。』
と恐縮している。