記者会見-1
美鈴が地検に戻ると、課長に警察からの情報を伝える。課長は唸り、
『そんな事情が有ったのか、だから山海は司法取引を持ち掛けて来たんだな。』
と納得する。美鈴は頷き、
『ええ、そうだと思います。』
『それと僭越ながら特捜部全員の警護を頼んで来ました。』
『勝手な事をして申し訳ありません。』
と謝罪すると課長は首を振り、
『イヤ、謝る事は無い。』
『君の判断は正しい。』
『山海の襲撃事件を考えれば、もっと早く全員の警護を要請しなければ無かった。』
『上には私から報告しとくから。』
と同意してくれた。美鈴は礼を言い、
『山海に取引を断ると言って来ます。』
と言った時に課長室をノックする音がした。課長が、
『どうぞ。』
と言うと山田が慌てて入って来て、
『あっ、チーフ戻っていらしたんですか。』
『課長、チーフ大変です。』
『地検の電話に山海との司法取引の件で問い合わせが殺到しています。』
と叫ぶ様に言う。課長と美鈴は驚き、
『えっ!』
『どこから漏れたんだ。』
と戸惑う。山田が、
『記者クラブからも正式に記者会見の要請が来ています。』
と済まなそうに言う。課長は唇を噛み、
『こうなっては、仕方ない。』
『記者会見するしか無いだろう。』
と諦めた様に言う。美鈴に、
『悪いが対応してくれるか?』
と聞いてくる。美鈴は頷き、
『分かりました。』
『司法取引は、ノーコメントで押し通します。』
『先に山海に取引を断る事を伝えます。』
と言うと課長は頷き、
『それで良い。』
と了承する。山田が再び申し訳なさそうに、
『記者クラブは、チーフと山海2人揃っての記者会見を要求しています。』
と言う。課長は渋い顔になり、
『仕方ないか。』
『桐生君、内容が内容なだけに山海も余計な事を喋らないだろう。』
『喋れば、墓穴を掘るだけだ。』
『一緒でもノーコメントで行く様に。』
と指示する。美鈴は頷き、
『分かりました。』
『山海に取引を断り、記者会見を何時にするか相談します。』
と言うと課長室を出た。特捜部に戻り、全員に警察からの情報を伝えた上全員が警護対象となる様に手続き中だと報告する。美鈴は、山田らを連れ山海達が居る会議室に向かう。山海に、
『提案された司法取引は、お断りさせて頂きます。』
と言うと山海は驚きもせず、
『そうか。』
『大手柄のチャンスを逃したな。』
と平然と言う。美鈴は申し訳無さそうに、
『すいません、司法取引の件がマスコミにバレてしまい記者会見の要請が来ています。』
と報告すると山海の弁護士が、
『秘密厳守をお願いした筈だ。』
『我々からの漏洩は考えられない。』
『検察から漏れたのでは?』
と厳しく問い詰める。美鈴は頭を下げ、
『本当に申し訳ありません。』
『記者クラブは、私と山海さん2人一緒の会見を要求していますが会見をお断りされるなら私だけで出ます。』
と言う。意外な事に山海は怒りもせず、平静としていた。そして、
『ここにも、政治家の息の掛かった者達がいるだろう。』
『多分、そいつらが漏らしたんだ。』
『俺は、出ても良い。』
『だが何も喋らないぞ、喋っても損するだけだ。』
と悟った様に話す。美鈴は、山海の最初の時と違って淡白な態度を奇妙に思ったが
【ダメ元で取引を持ち掛けたのかも知れない。】
【既に裁判自体を諦めたのか。】
【山海の地元の県警への本庁の査察情報が入っていたのかも。】
と推測した。記者会見時間をいつにするか聞くと山海はいつでも良いと言うので美鈴は、1時間後と提案し了承された。美鈴は、司法取引は有無を含め内容は非公表が原則なのでノーコメントで押し通して短く切り上げると言うと山海はそれも了承する。
美鈴が特捜部に戻ると課長が来ており、1時間後に記者会見をする事を全員に伝える。課長が美鈴を隅に呼び寄せ、
『どうやら、部長だ。』
『知り合いの記者が言うには、部長が懇意してる大手新聞社の記者が司法取引の事を言って回って記者会見を要求するべきだと強く主張したそうだ。』
『多分、部長がその記者にそうさせたんだろう。』
と苦虫を噛み潰したよう顔で話す。美鈴は怪訝な表情で、
『何故、そんな事をさせるんですか?』
『司法取引は、有無も内容も非公表が原則です。』
『何も話せないのに。』
と言うと課長は、
『部長には、定年後に政治家になる話が有る。岸山政調会長の派閥からだ。』
『多分、その方面の働き掛けだろう。』
『山海は幹事長を止めないと頑張っているので、司法取引の件を公にしてイメージダウンを図り早く辞めさせたいのだろう。』
と言う。美鈴は、なるほどと思ったが不愉快だった。政治的に利用されている様に感じたからだ。でも、記者会見は既に決まった話だ、やらない訳には行かない。