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レモネードは色褪せない
【ラブコメ 官能小説】

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初恋のフレーバー-1




「あたし、先生に変なことされた……」
 低く、鋭い声だった。あるいは悲鳴のようにも聞こえた。放課後の保健室でどのような行為がおこなわれていたのか、想像するのは難しくなかった。
「あたしは抵抗した。いっぱい抵抗した。でもあの人は怖い顔で睨んできた。すぐに済むからって気持ち悪い声で迫ってきた。それから口にキスされて、体をもてあそばれた……」
 教え子が教師にもてあそばれるなんて、そんなことがあっていいのか。僕は無意識のうちに奥歯を噛み、握った拳が怒りで震えているのを自覚した。
「次の日、朝起きたらお腹が痛くて、あたしは学校を休んだ。次の日も、その次の日も、お腹の痛みは消えなかった。あの人に乱暴されたせいだとわかってたから病院にも行けなかったし、誰にも相談できなかった……」
 食欲もなくて、全身がだるくて、まるで別人になったような気分だと彼女は続けた。
「でも、学校にはもう行かなくていいってお母さんに言われて、そこでようやく楽になれた。お母さんは気付いていたのかもしれない。あたしが学校に行けなくなったほんとうの理由に。だからあんなことを言ってくれて、おかげでお腹が痛いのもすっかり治って、あたしは久し振りに家の外に出ようと思った」
 この時、彼女は僕のほうをちらりと見て口元に笑みを浮かべた。雨上がりに架かる虹みたいな笑みを。
「パジャマから普段着に着替えて、あたしは外に出た。行き先はとくに決めてなくて、とにかく気分転換になればと思って適当に歩いた。七月なのに風が涼しくて、空は晴れてた。そうだ、海を見よう。できればうんと高い場所から。そう思って辿り着いたのがこの丘だった」
「でも、海は見れなかったんだね?」
 と、僕は訊いた。
「うん、先客が居た。中学生くらいのお兄さんで、芝生に寝転がって居眠りしてた。平日だったから、きっと学校をさぼってここに来てるんだろうなあ、なんて想像して、あたしは大人しく退散することにした」
「……で?」
「そしたらその不良中学生、あたしの背中に声をかけてきたんです。学校はどうしたのって。それはこっちの台詞です、なんて生意気なことを言い返す勇気もなくて、とにかく関わらないほうがいいと思ったから無視しましたけど」
 どうやらいつもの七瀬アイの調子に戻ったようだ。瞳の色も濃くなった。しかし不良呼ばわりされるのは心外だから僕は言った。
「その彼、学校をさぼってたんじゃなくて、君が来るのを待ってたんじゃないの?」
「そうかもしれません。待ちくたびれて居眠りしてたのかも。けど、いきなりあんなことを言うんだもん。びっくりしちゃった」
「あんなこと?」
 自分が何を言ったのか、まったく記憶になかった。
「学校で嫌なことでもあったの、なんて訊いたんですよ? イツキ先輩」
「えっ、まじ?」
「ほら忘れてる。じゃあ、あたしが泣いたのも忘れてますよね?」
 そういえば思い出してきた。確か中学二年の時、テストが終わって早めに下校した日の出来事だ。ようやくテストから解放されて自由を手に入れた僕は一人でこの丘にやって来て、しばらくすると小学生くらいの女の子が上ってきたのだった。
 学校の授業はどうしたんだろうと思った僕は彼女に声をかけた。女の子は黙っていた。悩みを抱えている雰囲気を漂わせていたから、僕は彼女に言った。その言葉とは、先ほど七瀬アイが言った通りの内容だ。
「せっかく忘れようとしてたのに、思い出させるんだもん」
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。ただ放っておけなかったというか、その……」
「いいんです」
「えっ?」
「たくさん泣いてすっきりしたから、イツキ先輩は何も悪くないです。お詫びにラムネもくれたし、ずっとあたしのことを慰めていてくれたから」
 そう言って彼女はラムネの瓶を顔の横にかざした。あの時と中身は違うけど、確かに僕は小学生時代の七瀬アイにラムネのジュースをあげたのだった。駄菓子屋で売っていた、甘くて酸っぱいラムネのジュース。
「あの時のラムネの味は一生忘れません。だって、あたしの初恋の味だから」
 いつの間にか彼女の手に便箋が乗っていた。タイムカプセルの中から取り出した白い紙だ。彼女は便箋を広げた。
『イツキ先輩と結婚できますように。七瀬アイ』
 女の子らしい丸文字でそう書いてあった。僕は照れ隠しで夜空を仰ぎ、それからまた便箋に視線を注いで、目尻が下がりそうになるのを必死でこらえた。
 僕らが時を越えてふたたび巡り会えたのは必然だったのか、鈍感な僕なんかが解答を得られるはずもなく、それでも彼女の体をやさしく引き寄せ、星の降る『縁結びの丘』でキスを交わした。


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