家族旅行での出来事 4 -1
「あ、お母さん。お帰り。大丈夫?」
「うん。大丈夫。真奈美ちゃん。ありがとうね。」
母親の顔は少し紅潮し、汗ばんでいたが、持ち前の明るい表情に戻っていた。
(あ、お母さん、少し落ち着いたんだ。って言うよりも、
結構よかったみたいな顔してるけど……。
まだまだ満足したっていう顔じゃないけど、それはこれからのお楽しみだものね。)
「おい、さっき、史恵さんが来たぞ。」
「ええ。わたしもたった今、そこで会ったわ。」
「じゃあ、話は聞いたのか?」
「ええ。特別室の話でしょ?」
「ああ。なかなかすごいことになったな。」
「ええ。それもこれも、真奈美のおかげだわ。」
「真奈美のおかげ?ほんと?真奈美、えらかったの?」
真奈美は嬉しそうに言った。
しかし、今日の真奈美は母親から叱られては褒められ、褒められては叱られの、
とんでもない1日だった。
「ああ。真奈美のお手柄だ。」
「ありがとね、真奈美ちゃん。」
両親から褒められて真奈美は今度は間違いなく褒めれ羅れているのだと実感した。
「やった〜。真奈美のお寺がだ〜。」
「真奈美。お寺が、じゃなくて、お手柄だ。」
「うん。真奈美のお手柄だ〜。」
真奈美が興奮して部屋中を走り回っているところへ誰かが来た。
「失礼します。」
女将の声とは違う声だった。
「はい、どうぞ。」
入ってきたのは、女将ではなく、若い女性だった。
「本日はようこそおいでくださいました。
この旅館の娘……。史恵の娘の奈々美です。
特別室の方へご案内するようにと、母に言われてきました。」
「史恵の、娘さん……。」
「はい。今年、中学を卒業します。」
「じゃあ、真奈美と同級生ね。」
真奈美は自分と同い年と聞いて、奈々美の顔をじっと見た。
「はい。母から聞きました。真奈美ちゃん、ですよね。」
「奈々美ちゃん?」
「うん。よろしくね。」
「わ〜い。こちらこそよろしく。」
「じゃあ、どうぞ。ご案内します。」
(奈々美ちゃんだって。真奈美とおんなじ年だって。
わ〜い。なんだかうれしいぞ〜。
姉妹って言うやつみたいだ。
あれ?でも、どっちがお姉さんでどっちが妹なんだろう。)
史恵の娘、奈々美に連れられて、真奈美たちは廊下を歩き、特別室へと案内された。
その間も真奈美は右を見て、左を見てと、とにかく落ち着かなかった。
「こちらです。間もなく、松本様ご兄妹もいらっしゃると思います。」
「あ、奈々美ちゃん。」
戻ろうとする奈々美に母が声をかけた。
「はい?」
「奈々美ちゃんも後で来るんでしょ?」
「はい。兄や姉たちと一緒にお邪魔させていただくつもりです。」
「わ〜い。楽しみだ〜。」
(わ〜。奈々美ちゃんも来るんだ。
真奈美、初めてだよ。同い年の女の子と一緒にお風呂に入るなんて……。
楽しみだ〜。
ん?体験学習の時とかに入ったかな?プールみたいだったことしか覚えてないや。)
「では、失礼します。」
「ふ〜ん。真奈美と同い年か。落ち着いたもんだ。」
「ええ。真奈美ももう少し大人になってくれればいいんですけど。」
「な〜に。真奈美には真奈美の良さがある。今のままで十分さ。」
「うわ〜。なんだ、これ……。」
真奈美は叫びながら部屋の中を走り出した。
入り口を入ると、そこは10畳ほどの広さの和室だった。
正面はガラス戸になっていて、外には中庭があり、
そこに露天風呂が作られている。
和室の左右にはそれぞれ8畳ほどの部屋があり、
床はカーペットが敷いてあった。
不思議なことに、その床は、何段にも段差ができていて階段状になっている。
(へ〜。部屋付き露天風呂ってこういうことなんだ。
お部屋からそのままお風呂に入れるんだ。)
真奈美はガラス戸に近づき、中庭を見回した。
(あれ?露天風呂の横になんかある。
プールかなあ。
あれ?でも、湯気が出てるから、お湯?
なんだろう。後で聞いてみよっと。)
真奈美はそのままガラス戸を開け、中庭に下りた。
サンダルをつっかけて柵のところまで行くと、下の方に川が見える。
(あ、さっき、女湯から見えた川だ。
ふ〜ん。あ、ってことは、ここはあの混浴や女湯の上なのかな?)
真奈美は柵から身を乗り出して下を見たが、もちろん、湯船などは見えなかった。
(そうだよな。こうやったくらいで見えちゃったら、覗き放題だもの。)
真奈美はサンダルを脱ぎ、部屋に上がった。
父も母も、口をぽかんと開けたまま、部屋の中を見渡している。
(あ、このお部屋の両側にもお部屋があるんだ。凄い凄い。)
真奈美は入り口から見て左側の部屋に入った。
(わ〜。なんだ?この段々は……。
凸凹してて……。なんで床が平らじゃないんだろう。
こんなになっていたら、一人ずつしか寝れないじゃん。)
どうしてこんな部屋なんだろうと首をかしげながら、
真奈美は反対側の部屋へ入った。
(あれ〜?ここはなんか見たことがあるような……。
あ、あの椅子みたいなやつ。とし君の家の地下室で見たことがあるのに似てるなあ。
美奈子お姉ちゃんがお気に入りって紹介してくれたっけ。)
壁には天井から4本ほどの丈夫そうな紐が下がっていて、その先端は輪になっている。
(なんだ、これは?ちょうど手首が通る大きさの輪っかがついているけど。
う〜ん。真奈美には訳の分からないものばっかりだ。
あのおばちゃんが言っていた大広間っていう方がよかったのかなあ。
お部屋中にお布団を敷き詰めるって言ってたもんなあ。
そのほうがよかったかなあ。)
真奈美は一通り部屋の中を見終えた。
両親は、と言うと、今度はまた中庭の露天風呂を見ながら話している。
真奈美は二人の後ろにそっと近づき、聞き耳を立てた。