家族旅行での出来事 3-4
「さ〜てと。部屋に戻ってきたぞ〜。ドアを開けて、中に入ろうかな〜。」
真奈美は自分の部屋の前で大きな声で言った。
そう言った後、真奈美はゆっくりと心の中で30数えた。
それらしい声は聞こえなかったものの、何かしているとして、
それでも30秒もあれば、浴衣を羽織ることくらいはできるだろうと考えたのだ。
真奈美がゆっくりと扉を開け、部屋に入ると、
案の定、父親も母親も、少し慌てた様子でお膳に向かい合って座り、お茶を飲んでいた。
「あ、あら、お帰り。どこへ行ってたの?」
「うん。扇風機、帰してきたよ。」
「あら、そうだったんだ。ありがとう。」
「それでね。女将さん?と、約束してきた。」
「女将さん、と?なにを約束してきたの?」
「混浴で待ってるから、おばちゃんも来てねって。
でもね。女将さん、お仕事が終わるのが10時過ぎだって。
あ、だから、のぼせちゃうといけないからって言ったら、
大広間?使っていいって言ってたよ。」
「混浴に……。誘ったの?」
「うん。あのお兄ちゃんたちと一緒に入る約束だから、
おばちゃんもおいでよって誘ったの。」
「おいでよって……誘ったたの?」
「うん。そしたら、おばちゃんはお仕事が終わるのは10時過ぎになるからって。
真奈美たちだけで楽しんでって。
あ、でも、大広間はお布団敷き詰めて使ってもいいって。」
「あなた。これって……。」
「いいじゃないか。真奈美なりに考えて約束してきたんだろうし。
女将さんも、興味があれば来てくれるだろうさ。」
「でもあなた。興味があればって言うけれど……。」
「ああ。そういうことさ。
興味があれば、一緒に楽しめるだろうっていうことさ。
さっき、帳場で見た時に、なんとなくそうなるかなって言う気はしたものな。」
「そうなる気がしたて?
つまり……そういうこと、なんですか?」
「ああ。まあ、男の直感、って言うか……。
彼女の醸し出す雰囲気というか……。」
「誘ってた、とか言うんじゃないでしょうね。」
「いや、言われてみれば、そうかもしれないな。
あの女将、色っぽいって言うか、男好きするって言うか……。
やたらとボクの股間を見ていたからね。」
「そんなわけ、ないでしょ。あなたの勘違いじゃない?
それに、そんな言い方って、彼女に対して失礼じゃありませんか?」
「失礼?そうかなあ。でも、ボクは感じたままを言っているだけだよ。
それよりも香澄。なんで君はそんなにムキになるんだい?
彼女と知り合いか何かなのか?」
「そうだよ、お父さん。お母さんとあのおばちゃん、知り合いなんだってさ。」
真奈美は自慢げに言った。
「そ、そうなのか?」
「なんで真奈美がそんなこと、知ってるの?」
母親の質問に、真奈美は不思議そうな顔で答えた。
「あれ?だって、そう言ったのはお母さんだよ。ほら、お風呂に行く前に。」
「そうなのか?」
「え、ええ。まあ。」
「だったら初めからそう言えばいいじゃないか。
あれ?じゃあ、それを知っていて、この旅館を選んだのかい?」
父親が母親の顔をのぞき込むように言うのを遮るように真奈美が言った。
「ここに来たいって言ったのは真奈美だよ。」
「あ、そうか。そうだったな。道路際の看板を見て……。」
「わたしも知らなかったのよ。彼女が旅館をやっているなんて。」
「へえ。何年ぶり、だい?」
「高校を卒業して以来。もう、昔の話だわ。」
母親が懐かしそうに言うのを聞いて、
真奈美はまるで自分の手柄か何かのようにうれしい気がした。
そして今の今まで母親の高校時代など想像したこともなかったが、
今の自分と同じころの母親はどんなだったのだろうかと真奈美は興味を持った。
「でも、それなら余計に話したいこともあるだろう。
あ、そうだ。真奈美の言うとおり、
仕事がひと段落したら混浴に来てもらえばいいじゃないか。
あの女将がどんな女性か、ボクは知らないけれど……。
そんな話に乗ってくるような人、なんじゃないのかな……。」
(あれ?お母さんが喜ぶと思ったら、
お母さんよりも喜んでるのはお父さんみたいだ。)
「あなたの言ってること、わたしには意味が分からないわ。
彼女はただの高校時代の同級生よ。
いきなり混浴で会いましょう、なんて、おかしな話でしょ?」
(あれ?お母さん、急になんか怒っているような感じ……。どうしたんだろう。)
「いや。でも、真奈美が約束をしてきたんだろ?
だったら彼女もわかっているんじゃないのか?
あの兄妹と混浴に入ってるって、真奈美は伝えたんだろ?
そのうえで、混浴で会おうっていうことは、
つまりはそういうことだってわかっているんじゃないのか?
ほら、大広間を使っていい、って言うのだって、
そういうことも含めての話だろ?香澄。」
(そういうこと?お父さんが言っている、そういうことって、どういうことだ?
大人の人って、なんかわかりにくい言葉、使うよなあ。
何が、って、はっきり言えばいいのに……。)
「ああ、ねえ、あなた。あなたって、
なんですべてをセックスと関連付けて考えようとするの?
彼女はそんな女性じゃ……。」
「そんな女性じゃない、のかい?」