家族旅行での出来事 1日目 夜の狂宴 その1-4
「今更過去の自分を責めてどうなるんだい?
過去の自分を責め続ければ取り戻せるものなのかい?
取り消せるものなのかい?
香澄。君は君だ。
過去の君も、今の君も、そして未来の君も、すべてが君なんだ。
過去の自分を否定することは、今の自分も否定することになるんだよ。」
「……。」
香澄は高校卒業前のあの頃のことを思い出していた。
妊娠したという噂を立てられ、学校の友達や教師からも見放され、
両親からさえも冷たい言葉を浴びせられたことを。
そして唯一の理解者であった匠との切なく悲しい別れの日のことも。
それ以降、数多くの男たちと身体を重ねてきたことや、
夫と知り合って以降の野外露出やレイプ願望を実現した公園での乱交などのは、
香澄自身、征爾たちとふれ合い、様々な価値観を聞かされたことで、
自分なりに整理のついていたことだった。
それについての後悔は全くなかった。
ただ、香澄にとっては言いがかりとしか思えない、
周囲の冷ややかな目や辛い思い出については、
香澄はいまだに吹っ切れずにいたのである。
「真奈美だって、君にどんな過去があろうと、
おそらく驚くことはないだろう。
真奈美は常に前を見ているからね。
だったら香澄も、前だけを見て生きていけばいいじゃないか。」
香澄は、夫が言うことは、その通りなのだろうと思った。
ただ、それが正しい考え方なのだとわかってはいても、
人には素直にそれに従えない時もある。
夫がどう思うか、娘の真奈美がどう思うか、ではない。
香澄自身がまだ消化しきれていない……
いや、おそらくは一生消化しきれない、
拘りやわだかまり、つまりは心の傷なのだ。
(誰にもわかってもらえない……。
そう、これは、わたし自身の拘りなのだから……。)
その時、ずっと下を向いたままだった真奈美がゆっくりと顔を上げ、
香澄の顔を見ながら話し始めた。
「お父さんはなんか難しいこと、言ってるけど……。
つまり、今日より明日の方が楽しいように生きればいいってこと、
なんじゃないのかなあ。
過去って昔のことでしょ?
昔のことは、もう過ぎちゃったことだから、
やり直しも取り消しもできない。
それに拘って、引き摺られて、つまらない気持ちでいるよりも、
明日がもっと楽しくなるように過ごせばいいんだよって、
お父さん、言ってるんじゃないのかなあ。」
香澄は娘の顔を改めて見つめた。
「真奈美ちゃん。」
真奈美の言う通りだった。
過去は、もうどうにもならない。
当時の、自分を中傷した人々に、
あれは誤解だったのだと言って回ることができたとしても、
香澄自身の心の傷がいえるわけではないだろう。
そんなことでは何の解決にもならないし、そんなことは不可能なことだった。
だとすれば、香澄自身が過去は過去と割り切り、前に進んでいくしかないのだ。
「そうだ、そうだよ。真奈美の言うとおりだ。
明日が今日より楽しければいいんだ。
つらい過去ならば、それをはるかにしのぐ幸せな未来を作ればいい。
香澄。それでいいじゃないか。いや、そうしていけばいいじゃないか。」
香澄の目から涙が流れ落ちた。
真奈美の言葉ですべてのわだかまりや心の闇が無くなったわけではなかった。
それ以上に、真奈美が自分を気遣い、
必死に励まそうとしてくれたことが嬉しかったのだ。
(真奈美の進級祝いの家族旅行。
真奈美を励まして勇気づけるための旅行なのに、
なんで母親のわたしが真奈美に励まされてるんだろう。
しっかりしなくちゃ。)
「ありがとう。真奈美ちゃん。
そうね、そうよね。
過去のことにこだわっていたお母さんが馬鹿だったわ。
真奈美ちゃんの言う通りよ。
今を楽しく。そして、今より明日を楽しく。
そうすることが一番大切だったわ。」
香澄は一つ一つ、当時のことを確かめるようにゆっくりと話し始めた。
「あなた。彼女は、星野史恵。旧姓細川史恵。わたしの高校時代の親友よ。」
「香澄。吹っ切ったんだね。今までこだわっていた過去を。」
「ええ。真奈美にまで心配をかけるなんて、母親として失格だわ。」
「そんなことないよ。お母さんは真奈美にとって、最高のお母さんだよ。」
「真奈美ちゃん。ありがとう。」
「おいおい。ここで母娘で抱き合って、泣き始めないでくれよ。
ほら、二人とも。8時からの約束を忘れたわけじゃないだろ?」
「ああ、そうね。そうだったわ。ねえ、あなた。」
「うん。どうしたいんだい?」
「真奈美に話した方がいいのかしら。」
「どうしたの、お母さん。」
「あのね、真奈美ちゃん。お母さん、あの女将さん、史恵さんって言うんだけど。
お母さん、あの人と、ゆっくり……。お話がしたいの……。」
「お話?昔のお話?」
香澄は今はその時間がないにしても、いずれ近いうちに、
高校時代、史恵の企みで処女を失ったことや、
その場ですぐに複数プレイを経験したこと。
そしてアパートの一室で数多くの男たちと数えきれないほど身体を重ね合ったこと、
史恵とも抱き合い、互いの身体を愛撫し合ったことも、
高校時代のセックスについての全てを話そうと思った。
「う〜ん。そうね。今更変に隠す必要はないのよね。
あのね。お母さん、あの史恵さんと、昔のように……。」
「ギュッとしたいんでしょ?」
「えっ?ギュっ?」