砕かれた拳-5
『なあ今クソブタがイイ事言ったなあ?かずさ先輩の結婚式がどうとか……どうせ二ヶ月後の本番にゃ出れねえんだから、これから俺らが結婚式を挙げてやるかあ?』
「ッッッッ!!!」
信じられない言葉にかずさは戦慄を覚えた。
指折り数えていた幸せの門出の日……既に式場もウェディングドレスも決めていた花嫁のかずさ≠ノとって、この監禁の始まりを
《結婚式》と称するなど残酷に過ぎるというもの……焦りと湧き上がる憤怒は誰の目にも明らかであり、更に感情を逆撫でするように鈴木は何物かをかずさの目の前に差し出した……。
『これはプラチナかなあ?へぇ〜、指輪の中に[TAKUYA・KAZUSA]って刻んでますねえ。全く熱いね、お二人さん?』
「ッッッッ!!??」
その銀色に鈍く輝く指輪を取り出した鈴木は、笑いながら仲間達とカメラに向けた。
それは婚約者の拓也がくれた大切な贈り物……生涯の愛を誓うマリッジリング……まさか指輪までも奪われるとは思ってもみなかったかずさは激しく動揺し、目を血走らせて暴れだした。
「その指輪ッ…返しなさいよ早くッ!!か、返してッ!!」
その指輪には拓也とのこれまで≠ニこれから≠ェいっぱい詰まっている。
ただの装飾品とは全く違う真の宝物を奪われたかずさは、眉毛をつりあげて睨み、額に青筋を立てて怒鳴り散らした。
『返せぇ?だよなあ、こんな安臭え指輪、店に返しちまった方がいいよなあ?』
「ふざけないでッ!!私に返してって言ってるのよぉ!!」
足枷を繋ぐ金具に麻縄を渡した男は、その真ん中にS字フックを結わえて指輪を引っ掛けた。
底意地の悪い鈴木は、かずさを煽って鼻っ柱の強さを引き出して撮ろうとしたのだ。
『なんだよ、手が届く距離にあんだろうが?パッと取って薬指に嵌めろよぉ』
「ひ、人の気持ちをッッ!許さないッ!!ゆ、許さないぃッ!!」
『アハッ!?「許さない」だって。昨日の由芽ちゃんと同じ台詞だあ。じゃあかずさ先輩もケダモノみたいに喘いじゃうのかな?』
『決まってんだろ?勝ち気な女ってのは〈メス〉に堕ちると発情するからなあ。由芽だってそうだったろう?』
きっと由芽も昨夜からずっと……変態オヤジの悪趣味なコスプレをさせられ、宙吊りにまでされていた由芽の生き地獄を想像するだけで身の毛がよだち、その男共の欲望を一身に受ける運命が目前に迫った今、かずさは闘うしかなかった。
「ぜッ…絶対に許さないッ!!んぎぎッッ……くはあッ!?」
太腿は緊張に固まり、脹脛は瘤のように隆起する。
激しい怒りに痺れすら忘れた肉体は、持てる力を振り絞って爆ぜた。
……しかし全力で蹴飛ばしているのに、ベッドと鉄パイプはキシリとも鳴かず、不完全に見えた溶接部も剥がれる様子すらない。
細いゴムチューブも殆ど伸びず、曲がった肘が膝裏を押し上げる動きにしかならなかった。
『どうした、かずさ先輩ぃ?指輪を取り返さねえのか?史上最高最強の空手ヒロインじゃねえのか?
一撃必殺のクールビューティ≠カゃねえのかよぉ?』
「ッ〜〜〜〜!!!」
メディアがつけた気恥ずかしいキャッチコピーすら、煽り文句として浴びせられた。
頭がビリビリと痺れるほどに悔しく、そして猛烈な怒りに駆られるも、哀しくも握り締められた拳が一撃≠放つのは不可能な状況に追い詰められてしまった。