元彼2-1
今日は、梅雨には珍しい快晴の日。太陽が輝く空には雲一つ無い。
「柳田、アップルティーで良い?」
「うん…ねぇ、苗字じゃなくて、名前で呼んでって言ってるでしょう?」
「あ…そうか。慣れねぇなぁ、アキ?」
拓哉は言いながら、これで良い?と確認するように、首を傾げて私の名前を口にした。
「それでいいのよ。拓ちゃん?」
「その呼び方はやめろ」
拓哉はちゃん付けでよばれるのが嫌い。でも、冷静な彼が取り乱すのが面白くて、つい調子に乗ってしまう。
拓哉と寄りを戻して、もう一週間になる。
私達はゼミの帰りに、駅前の喫茶店でお茶をするところ。まぁ、要するにデート。だから今日は、純白のワンピースを着てきた。スカートのフリルには、マーガレットのレースがあしらってある。スカートなんて、すごく久しぶり。同じ色のミュールを履いて、清楚を意識してみた。まぁ、何を着ても、彼は気になんてしくれないんだけど。要はこっちの気分の問題。
私と拓哉は、同じのを注文し、品物を受け取って窓際の席に腰を下ろした。
「今日は熱いなぁ…」
拓哉は久しぶりの天気にうだっていた。
「うん…」
私はストローを口に寄せて、アップルティーを味わった。微かに舌に残る果肉が、またおいしい。
「なぁ?せっかくの良い天気だから、何処か行かない?」
「え…?」
私は驚いた。拓哉はどちらかといえば、外出するのは嫌いな方で、自分の口から何処かヘ行くなんて、今日の青空よりも珍しい事だ。
「嫌か?」
拓哉の稀な発言に返事をし損ねた私は、誤解を招いたみたい。だから…
「そんな事無いよ。何処行く?」
私は微笑みながら彼を上目に見た。アップルティーを一口飲み干して、拓哉は頬杖ついて考える仕草をした。私は、拓哉のこの仕草が一番好き…。かったるそうでいて、でも何処か知的な感じで、すごく拓哉らしい…。
「じゃあ、海でも行く?」
そのままの体勢で視線だけをこちらに向けてくる。
「え…海?」
「あぁ。せっかく晴れてんだし、浜辺を散歩しに…どう?」
「うん。いいよ」
喫茶店を後にした私達は、電車で一時間くらいの海に辿り着いた。
「わぁ…誰も居ないね」
私と拓哉は裸足になって、人気の無い浜辺をぶらぶら歩いた。
ミュールを手にぶら下げて、ひたひたと浜辺に足跡を付けた。風が髪をくすぐり、さざ波を運んでくる。足元の砂を潮がさらい、その瞬間海水が足に触れて二人ではしゃいだ。
「冷た〜い」
「たまにはいいだろ?こういうのも」
「うん…」
キラキラした波。太陽がほんの少し海に浸っていて、空がじんわりと水色とオレンジのグラデーションに染まっている。静かな浜辺。隣には大好きな人が笑ってる。嘘みたいに幸福な瞬間。
「ねぇ…?」
「ん?」
「手、繋いでも良い?」
そういうと拓哉は嬉しそうに笑って、私の手をさらう。―…瞬間、すごくドキドキした。こんなにときめいたのは、何年ぶりかな…ふと片想いをしていた時代を思い出した。すると胸が締め付けられて、切なくなる。
「拓哉っ…」
私は繋いでいた手をぎゅっと握り締めた。
「どうした?」
拓哉は少しびっくりしていたみたいだけど、それでも穏やかに私の方を見てきた。私は懸命に拓哉の目を見つめた。