鈴木家での出来事 1-9
「恥じらい、羞恥心、っていうやつですか?」
「ああ。実はそれも、刺激や興奮を高める大切な一つの要素ではあるがな。
敏明も、真奈美ちゃんも、
そのプロセスを経ることなく、何人かの相手と、様々な体験をし、
成長してきてしまった、と言うわけだ。」
「ボクはそれが不幸だとは全く思いませんが。」
「ああ。敏明にはそうだろうな。
それに、もしも、服を脱がせるという興奮を味わいたければ、
お前にはそれをすることができるだろう。
でも、真奈美ちゃんはどうだろうか。
全くと言っていいほど、そのプロセスを知らないんだぞ?
真奈美ちゃんの相手はいつも全裸だったと言ってもいい。
相手の前で裸でいることの恥じらいさえ、
真奈美ちゃんは感じたことがないんじゃないのか?
もしろ、そういう相手の前では裸でいることが真奈美ちゃんの当たり前だ。」
「それって……。ボクの罪、ですか?」
敏明はいささか不安になってきたようだった。
「誰の罪とか、そんなことを言っているんじゃない。
現実を言っているだけだよ、敏明。」
「そうよ。誰もあなたを責めたりはしない。」
「そうさ。敏明君だって、ある意味ではその被害者だ。
まあ、被害者と言う言い方をすると、あたかも加害者がいるようだが……。
しいて言うなら、加害者は環境、かもしれないがね。」
「田辺。わたしたちのせいだとはっきり言ってくれた方が気が楽だ。」
「いや、征爾。別にお前たちのせいばかりじゃないさ。
経験と言うのは、決して網羅的にはできないものだ。
それぞれの個性や感覚、自分自身の経験。
その範囲を超えたものが存在することはわかってはいても、
気が付かないものさ。その時、はな。」
「過ぎてから初めてわかる、と言うことか?」
「ああ。人生、ほとんど、そんなもんだ。
人は自分の持っている物差しでしか、周りも、そして自分自身も測れないものだ。
異性を前にして服を着ているか来ていないか、
そこに生じる羞恥心と言うものがどういうもので、
どれほどに興奮や刺激に繋がるかなんて、経験したものじゃなきゃわからないさ。」
「しかし、知らなかった、じゃ、済まされないだろう。」
「じゃあ、どうする?過去にさかのぼって、
敏明君と真奈美ちゃんの初体験に立ち会うか?」
「いや、厳密には、わたしはその現場に立ち会っている。」
「そうか。でも、その時にはもう……。」
「そう。もちろん、二人とも全裸で抱き合っていた。」
「そうだろ?お前はそれを不自然なこととも感じなかったはずだ。」
「ああ。確かに、そうだったと思う。」
「じゃあ、いいじゃないか。
そこをスタートラインに敏明君も真奈美ちゃんも経験を重ねてきたんだ。
足りないものは、これから先、補えばいい。
過去を後悔することにどれほどの意味があるというんだ。」
「大したことじゃない、とでも言いたげな口ぶりだな。田辺。」
「ああ。大したことじゃない。
その瞬間、少し恥ずかしさを感じるだけのことだ。
男女の間に感覚のずれがあったとして、
それも刺激に変えていけばいいだけのことだ。
恥ずかしさそのものも、刺激だろ?
違和感?それまで知らない同士が初めて自分を曝け出すんだ。
違和感があって当たり前だろ?」
「ええ。わたしも、征爾おじ様のことは、父からさんざん聞かされてはいました。
ですから、今日お会いするまで、色々と想像を働かせてきました。
さっき、将来が言ったように、兄を相手にシミュレーションしたのも本当です。
でも、お会いしてみなければわからないことがほとんどでした。
そして、実際に触ったり、味わったり……。
そうやってお互いを理解して、隙間を埋めていくものじゃないんでしょうか。」
「そうですよ。お父様。
真奈美だって、そうしたギャップをきっと乗り越えていけますよ。」
敏明は真奈美の屈託のない笑顔を思い浮かべながら征爾に言った。
「そのギャップそのものが刺激になったり、
興奮材料になったりするのも、男女の仲だからな。」
田辺がつぶやいた。
「田辺おじ様。奥様との関係も、そうだったんですか?」
「ああ。紗理奈さん。よくぞ聞いてくれたという感じだよ。
君のお父様に抱かれている明日香を見た時に、初めて思ったのさ。
ああ、こいつを自分のモノにしたいってな。」
「あなた。恥ずかしいわ。」
「真実だから仕方ないだろう。
お前は、征爾に抱かれている時、
オレに抱かれている時には見せない顔をしていた。
声もそうだ。
身体の動きも反応も。オレとの時とは全く違っていた。
征爾に抱かれている時のお前が、本当のお前だと思った。
どうしようもなく淫乱で、どうしようもなく男好きで、
全身全てが性感帯のような女。
それがお前だと気づいた時、
オレは征爾からお前を奪ってやりたいと初めて思ったのさ。」
「田辺。明日香を目の前に、そこまではっきりと言わなくても……。」
「いや、征爾。違うぞ。
明日香は今、物凄く感じているはずだ。
自分だけの秘密と思っていたことを暴露されたんだからな。」
「ああ、ねえ、恥ずかしいわ。あなた。それに、征爾さんも……。」
「ほら、こうして恥ずかしがっていることで、明日香は感じているんだ。
麗子さんならわかるでしょ?」
「田辺さんって……。そうやって、明日香さんを辱めて、育ててきたのね?」
「麗子さん。そんな言い方、止めて。」
「あら、いいじゃない。本当のことよ。ねえ、田辺さん。」