序章-2
石殿山城にほど近い山中に、奇妙な親子が暮らしていた。
「助左衛門、いくつになった?」
「へっ?・・・」
栗拾いの手を休めて若い男が顔を上げた。鼻水を垂らし、ポカンと開いた口は下品と言うより知性のかけらもない。
「歳を聞いておるッ」
「18だけど、父ちゃん」
「父上と呼ばんかッ」
「うん、父上」
「うんではない、はいだッ」
「はい、父ちゃん」
「・・・・・」
父親の名は蛭間源造という。戦後の開拓事業でこの地に入植した三世にあたる。その両親も今は無く、数軒あった農家も蛭間家以外は山を下りた。
若い時に親の勧めで見合い結婚し長男を授かったが、風変わりな性格と変態的な性癖にたまりかねた妻は、幼い我が子を置いて出ていった。
この男、学歴は無いが馬鹿ではない。独学で郷土史を研究し、古文書も読める。ただ思い込みが激しく、戦国時代に滅んだ石殿山城々主の蛭間助左衛門と同姓であることから、その末裔であると信じて疑わない。いずれまた城主として返り咲く日がくると本気で思っていたし、長男にその城主と同じ名前を命名したりもした。
「助左、嫁をもらう気はないか?」
「・・・・・」
返事はない。
「付き合っている娘はおらんのか?」
無言で首を横に振った。
「父ちゃん、うちにはパソコンもスマホも無いんだぜ。どうやって女の子と知り合うんだよ」
助左が自棄気味に言った。
それだけではない。月に数回農作物を卸に山を下りるだけの生活では、女性と出会うきっかけは皆無といっていい。
「それに俺、ずうっと女の子に虐められていたんだ。キモイ、ウザイってね。結婚なんてとても無理だよ」
どこか投げやりで、暗く敗退的なムードは幼少の頃からの虐めが原因かもしれない。ただ、異性への興味は旺盛らしく、いかにも好色そうで助平ったらしい面相をしている。
「儂に孫の顔を見せてくれんか」
父親の切実な願いも息子の助左には届いていない。野ウサギを見つけたからだ。
(昔ならとっくに元服よのう)
いい歳をしてウサギを追いかける我が子の将来を案じながらも、息子を溺愛する父親の顔になっていた。だが・・・
(この蛭間家の血を絶やしてはならんッ!)
一転険しい眼に戻ると
「助左衛門ッ戻ってこいッ!狩りに行くぞッ!」
「ええッ狩り?」
助左が眼を輝かせた。娯楽の少ない山中での生活で、唯一興奮するのが狩りなのだ。
「何を狙うんだ?鹿か?猪か?」
「女だ」
「へっ、女?」
助左がゴクリと生唾を飲み込む。
「共をいたせッ!」
「ははっ」
その場に平伏すると、いやらしくたるんだ額を地べたに擦りつけた。