Dアプローチ-1
エステサロンの施術が終わりシャワーを浴びた後いつもより念入りにメイクした。
美しくなれたという自覚に心は浮ついていた。
颯爽と駅に向かう松本紗恵は声を掛けられ振りむいた。
「奥さんこれ落しましたよ。うっひょーすげえ美人。」
「私のものじゃありません。」そう答えて足早に歩を進める。
ジーパンにスカジャンの若い男二人だ。
「奥さんちょっとだけお茶しない?」
無視して歩くが後ろにピッタリと寄り添い口説き続ける。
人通りもまばらだ。
「私この先で夫と待ち合わせをしていてそんな暇はありません。」
きっぱりと断ってもこの二人はあきらめない。
「そんな怖い顔しないでよ。でも怒った顔もいいなぁ。ネッ、ちょっとだけだから。」
無視してどんどん進む。
「そんなに冷たくしないでよ。」と彼女の手を掴む。
「何をするの。」手を振りほどいて逃げようとした時、前方から「おーい、またナンパしてるのか。手伝ってやろうか。」
お揃いのスカジャンを着た若者3人が近づいてくる。
5人に囲まれては逃げることは出来ない。
とっさに横の路地に逃げ込んだ。
しかしそれは若者たちの思うつぼだった。
その路地は袋小路になっていて奥には小さな駐車場があるだけだ。
彼らはその駐車場にあらかじめ停めていたワンボックスカーに彼女を押し込もうとした。
「ちょっとお茶付き合ってくれればこんなことしなかったのに。」
大声で暴れたが5人の若者相手にどうにもならない。
諦めかけた時、隣に停車していた乗用車のドアーが開いた。
「止めろ。お前ら何て事をするんだ。」康太は大声で一喝した。
紗恵は大急ぎで彼の後ろに逃げた。
若者たちは一斉に彼に襲い掛かる。
「止めてくれ。僕の妻に乱暴しないでくれ。」
「なんだよ。本当に亭主がいたのかよ。つまんねえ。」
ワンボックスカーが立ち去る直前に運転席の窓が開いた。
「本当に夫婦だろうな。ならキスしてみろ。ディープキスだぞ。」
康太は紗恵を抱きしめ唇を合わせた。
紗恵も必死に舌を使った。
夫婦でないことがバレたらレイプされるかもしれないという思いが濃厚なディープキスを誘う。
「警察に言うんじゃねえぞ。」車は立ち去った。
「危ないところを有難うございます。まあ、唇から血が流れていますわ。
ここから一駅の距離に私の自宅があります。手当しますのでお越しください。」
10分ほど走ったところに彼女の自宅があった。
自宅に招き入れ傷の手当てをした後尋ねた。
「どうしてあんな辺鄙な場所に居られたのですか?」
「あの路地を出たところにレストランがあるんですけどそこで彼女と会っていたんです。
彼女が元彼と会っているのが分かったのできっぱりと別れてきたんです。
車に戻りスマホの写真や動画を思い出と一緒に消していたんです。
愛していました。泣きながら思い出の写真を1枚づつ消していたのですが
バッテリーが上がってふと外を見ると襲われているあなたが見えたのです。
普段の僕は5人の若者に向かっていけるような男じゃないんです。彼女と別れた寂しさに自暴自棄になっていたんでしょうね。」
「でもそのお陰で私は助かったのね。あなたが寂しさに苦しんでおられたのに。」
そしてどこの誰かも告げずに彼は帰っていった。
爽やかな涼風が彼女の心の中を吹き抜けた出来事であった。