裕哉の提案-1
裕哉は、部屋に入り、荷を下ろす。
部屋はツインルームだった。
ヨーロッパでは、1人でもツインの部屋がアサインされることは、普通である。
日本からは長旅だった。
成田からコペンハーゲン経由で、ストックホルムに来た。
乗り継ぎ時間も含めて、ざっと15時間かかっている。
麻衣は、上海経由なので、それ以上に時間がかかっている筈である。
確か、上海での接続が良くないので、トータルで言うと、20時間以上かかっているだろう。
もう外は真っ暗になっている。
それでも、ちょっと外に出てみようかと思った時、麻衣からラインが入った。
すぐにエレベーターで1階に降りて、ホテルの外に出ると、スーツケースを転がした麻衣が立っていた。
『とりあえず、お腹が減ってるので、そこにあるマクドナルドへ行きますが、一緒にどうですか?』
と、麻衣を誘う。
麻衣は、黙って付いてくる。
2人ともベーコンレタスバーガーのセットを注文する。
店内で食べながら、話をする。
『駅前のホテルに3軒、入ってみたんですけど、、』
『うん、それで?』
『1軒は1泊4万円近くで、他の2軒は、フロントの人の英語が聞き取れなくて・・・』
『それで、どうするの?』
『郊外にユースホステルがあると思うんですけど、地下鉄の切符の買い方を教えてもらえないかな、と。』
『それはいいけど、ユースホステルって、地下鉄で35分ぐらい行って、その駅からもけっこう歩く筈だよ。』
外は真っ暗である。
見知らぬ土地で、真っ暗の中、女性が1人で歩く、、もう自殺行為である。
麻衣は、どんどん不安げな表情になってくる。
『このハンバーガーのセットも、日本円でだいたい1,500円ぐらいするんだよ。物価の高い北欧で、予約をせずに来るのは、自殺行為だな。』
麻衣は黙って下を向いてしまった。
確かに、無謀だったと、今更ながら後悔している。
こういう見極めの甘さが、前の彼との関係でも、はっきり出ていると思った。
『俺のホテルの部屋に泊まるかい?幸い、部屋はツインでタオルなんかも2セット置いてあったし。』
と、麻衣に言う。
続けて、
『まぁ、男の部屋に泊まるんだから、リスクはあると思うけど、今から、この真っ暗の中、ユースホステルを探し回るのと、どっちが危険か、よく考えてみて。』
と、言う。
麻衣にとっては、究極の選択である。
英語での会話にさえ不自由している今の麻衣にとって、選択の余地はないように思える。
無事、ユースホステルに辿り着けたとしても、部屋が空いている保証はない。
こういう物価の高い国では、ユースホステルは人気がある筈である。
もちろん、駅前の1泊4万円のホテルに泊まってもいい。
4万円の現金はある。
しかし、麻衣は帰路はフランクフルトから帰国する。
と言うことは、少なくとも、ここからフランクフルトまでの移動費がかかってしまう。
一体、いくらかかるか想像も出来ない中、最初の1泊目で4万円の出費は、無理だ。
大学生なので、まだクレジットカードも持っていない。
結局、選択肢はないようなものである。
目の前にいる裕哉という男は、少なくとも、自分には危害を加えないだろうし、まして命を奪うようなことはあるまい。
結論が出ないまま、店を出る。
裕哉は、一切無理強いをしてこない。
外は、中心部の繁華街だというのに、あまり人通りは多くない。
これが、地下鉄で35分も行ったところだと、更に人気はない筈である。
裕哉のホテルの下まで来た時、
『あの、、、、裕哉さんのホテルにお邪魔してもいいですか?』
と、麻衣が聞いてきた。
『構わないよ。覚悟を決めた?』
『・・・・はい。』