エンドレス-6
「……。」
「……?」
「?……。」
(なんだ、結局誰も動かないのか。試してみるのかと思ったのに。
そうだよなあ。真奈美ちゃんに嫌われるかもしれないのに、
いきなりは無しか……。)
潤一は正直がっかりした。
しかしよく考えてみれば、征爾と雅和が真奈美をレイプする可能性はほぼゼロだ。
初体験の相手である敏明だってこの5年の重みを考えれば、今更あり得ない。
自分でさえ、真奈美からは優しい男とみられ、
自分自身もそうみられることに喜びを感じてきた。
優しい男というレッテルを貼られることに対して、
麗子と香澄に反発したような感情も、真奈美に対しては沸いてこなかった。
やはり真奈美は守ってあげたい存在なのだ。
そんな相手をレイプしようなどと誰も考えないだろう。
潤一の思考はそこで止まった。
(でも、ここにいる4人以外はどうなんだ?
普通に考えれば真奈美ちゃんは女として隙だらけだ。
男から見れば油断だらけの無邪気な少女だろう。
これから先のことを考えたら、真奈美ちゃんが誰かを好きになるということ以前に、
誰かに狙われることだって考えられる。
表情こそ幼いが、身体は外から見て、もう十分すぎるほどに大人だ。
雅和さんや征爾さんはそこのところに気づいているのだろうか。)
幸いバスルームから戻ってきた真奈美は、迷わず敏明の手を取ってベッドへ向かった。
雅和や征爾に確認してみるいいタイミングだ。
「あの……。真奈美ちゃんにレイプ願望があるかどうかは別にして、
真奈美ちゃんが誰かに騙されたり襲われたりする可能性はどうなんでしょうか」
「真奈美が襲われる?」
「レイプされそうになったらどうするかってことか?」
「はい。セックスの相手はここにいる4人、ということは理解できたと思います。
けれど真奈美ちゃんにはその気がなくても、
真奈美ちゃんに好意や興味を持つ男は多くなると思うんです。」
「確かに高校生ともなれば、血気盛んな男子生徒も多くなるだろうし、
通学途中にどんな奴が狙うとも限らない、ということか。」
「ええ。でも、真奈美ちゃんは、正直言って男に対して甘い。
甘いというかあまりにも無防備です。
真奈美ちゃんは自分の周りにいる誰もがいい人だと思っている。
それは今までにそういう経験しかないからです。
今までの周りの人がいい人であるように、
これから出会う周りの人間もいい人だと思い込んでしまうかもしれない。
真奈美ちゃんは怖さを知らない。」
「いざとなれば牙をむく男の恐ろしさ、か……。」
「はい。隣にいる狼も、優しく接すればヤギになると信じている。
いや、もしかしたらオオカミの存在さえ知らないのかもしれない。」
「……。」
「それをどうやって知らせる?」
「言葉で伝えても本当の意味で分かるかどうかわからない。
真奈美ちゃんが実際に相手をどうやって見極めるか、です。」
「でも、真奈美ちゃんはずっと前からその辺りの勘というか……。
相手がどんな人を見極める嗅覚というか、不思議な力を持っていた。」
「あ、それはボクも知っています。
会ったばかりなのに、相手がどんな人なのかわかる……。
自分の味方なのか敵なのかを察する嗅覚を持っている。
紗理奈さんもよく言っていました。」
「確かにそれはぼわたしも感じるよ。
しかし今まで真奈美は、自分を騙そうと近づいてくる男に出会ったことはない。
真奈美は悪意を持った男がどんな狡猾な手段を用いるかを知らない。
中には自分の匂いを消すことのできるオオカミだっていないとは限らない。」
「警戒心……。でもそれって理屈じゃないですよね。」
「ああ。経験値だ。怖い思い、痛い思いをして初めて身に付くものだ。
大人が心配してあれこれ言っても聞く耳を持たない子どもが、
実際に怖い目にあってみて、
初めて大人の言うことの意味を理解するというやつだ。」
「真奈美ちゃんに怖さを知らせる……。」
「真奈美自身に恐ろしい体験をさせて、
これには近づいてはならないのだということを身をもって学ばせる……。」
「潤一君の言うとおり、確かにこれは心配しなければいけないことかもしれない。」
「確かに……。性に関する犯罪はいくらでもありますからね。
それによく考えたら、真奈美が被害者になるばかりとは限らない。」
「えっ?真奈美ちゃんが加害者になるなんて、あるはずないじゃないですか。」
「そうだろうか。真奈美にその気がなくても、
誰かに騙されて犯罪の片棒を担がされることだってあるんじゃないか?」
「……。」
「困っている男を助けて欲しい。
誰かにそう言われたら、真奈美はそれを信じて、助けてやろうとするだろう。
仮に、それが性に関わることだったらどうだ?
あそこにセックスしたくてたまらない男の子がいて苦しんでいるんだ。
真奈美ちゃん、助けてあげてくれるかなあ……。
そう言われたら、真奈美はどうするだろうか……。」
「売春?」
「ああ。そんなことをさせる男につかまればな。」
「やはり、セックスは恐ろしいものだ、男は怖いのだってことも、
教えないとダメってことになりますか。」
「だが、そうすることは、今までの自分を否定する気さえする……。」
「セックスの否定、ですか?」
「セックスが持つ罪の部分だ。」
「ですが、真奈美にはそんな難しい話は理解できない。
少なくとも、いい人しかいない真奈美の頭の中に、
悪い人の存在をインプットする必要はあるように思います。」
「雅和さんのおっしゃる通りかと思います。
同時に、セックスにも悪いセックスがあるのだということも。」
「しかも、理屈ではなく実感として、ですね。」
「ええ。体験を伴わない知識は知恵にはなりませんから。」