アヤノ-6
―…藍……。―
俺は優しく彼女の髪を撫でた。
『……はい。』
すると彼女は気丈に涙を堪え、俺の言葉に応えた。
そんな仕草にさえも、俺は彼女に藍の面影を感じた。
「いきなり辛い質問になってしまうけど、君はこれまでに何かのドラッグやシンナーなどの有機溶剤を使用、もしくは吸引した事があったかい?」
彼女はゆっくりと首を横に振った。
「そうだね。検査の結果からも、日頃の君が違法な薬物等を使用していなかった事は証明された。君は……、偉そうに君なんて呼ぶのは失礼だね。確か、アヤノさんと言ったかな?」
『はい、大島 綾乃です。』
彼女の瞳は、時折後ろにいる栄祐を気にしつつも、ずっと俺を見つめていた。
事実をしっかりと受け止めようとしている、強い瞳だった。
「綾乃さん、君は俺の大切な人に何処か似ているんだ。顔だけじゃなくて、仕草とか、雰囲気とか…。」
俺は少し苦笑いをしながらそう言った。しかし、その言葉に反応したのは彼女ではなく、後ろに座っていた栄祐だった。
指でクルクルともて遊んでいたペンを派手に滑らせ、床に落ちたそのペンを慌てて拾おうとして体勢を崩したらしい。
俺が音に気付き、後ろを振り返った時、栄祐は椅子共々床に転がっていた。
「ド派手なリアクションありがとよ。でも、これからは煙草でも吸って大人しくしててくれ。」
そして俺は栄祐の前の机に、ポケットから取り出したPARLIAMENTとダンヒルのライターを置いた。
「すまないね、まだお子様で落ち着きがない奴なんだ。煙草の煙、平気?」
『はい、構いません。煙草は彼も吸ってましたから…。』
その言葉を聞いた栄祐が、そそくさと煙草に火を移した。
「俺から話をそらしておきながら悪いが、本題に戻ろうか。」
『はい、お願いします。』
素直でとても良いこだ。そんな所まで俺に藍を思い出させる。
もしこの世に神様という奴がいるのなら、そいつは随分と悪戯な運命を俺に背負わせたいらしい。
「綾乃さん、ダークネスと言うドラッグを知っているかい?」
『いえ、初めて聞きました。』
それもそうだろう。これまでダークネスが日本で摘発された事はわずか数回。その数回の摘発についてもINC《国際麻薬機関》が口外を禁じた為、一般市民がダークネスと言うドラッグを知る機会はほとんど無い。
「ダークネスはとても危険で恐ろしいドラッグなんだ。服用型の合成麻薬でね、これが体内に吸収されると、服用した人の脳は一時的に強い覚醒状態に陥る。その後は酷い幻覚や幻聴などの症状が現れると言われているが、ダークネスの一番恐ろしい所は、服用した人の血液や唾液、体液などに、ダークネスの麻薬成分が溶け出すと言う事なんだ。」
『修は……、彼は、そのドラッグを使っていたんですか?!』
彼女の瞳には、再び涙が溢れていた。
「あぁ、残念だが、彼からはダークネスの他にも数種類の薬物の反応がみられた様だ。」
『………そうですか。』
少しの沈黙の後、彼女は消え入りそうな声で言った。
「大丈夫かい?少し休憩を取ろうか。」
『平気です、続けて下さい!』
俺は、全ての事実をありのまま彼女に告げようと思った。彼女はとても強い女性だ。
普通ならば、不安や恐怖に押し潰されてしまってもおかしくないような内容の話だろう。
だが彼女はその瞳が物語る通り、真実をしっかりと受け止めようとしているのだろう。
「わかった。けれど、無理はしない事。いいね?」
『はい。』
気丈な眼差しが答えた。