強面の住人-3
悠子は、手前のアパートの二階に上がる階段を登る。1番奥の部屋、アパートを正面から見て右端の部屋が櫻井の部屋と聞いていた。
二階の奥の突き当たりの部屋まで来ると郵便受けに櫻井の名前を確認し、ドアをノックする。少し間が有り、
『はい。』
と返事がしてドアが開く。スキンヘッドの大柄な男が戸惑った様に悠子を見ている。確かに強面で、緒方の報告通りだった。
『初めまして。篠山と申します。』
『昨日、部下の緒方がお願いに上がったと思います。』
『本日は突然お邪魔して申し訳ありません。緒方と同じ用件にてお願いする為に伺いました。』
と悠子が話す。櫻井は、ビックリした様な顔をしている。悠子は、
【女捜査官にビックリしているのね。】
【また、この反応。】
と悠子は世間の女性捜査官に対する態度に少しうんざりしていた。だが慣れるしか無いと思う悠子だった。
上司や同僚の中にも悠子が女性と言うだけで、偏見を持ち差別的な扱いをする者がいた。悠子の女性初、最年少での課長昇進が現実見を帯びて来るとその手の連中の妬みや嫌味が益々聞こえてくる。
だが結果を出せば変わると悠子は信じていた。現に今の捜査課の部下の捜査官達も、悠子の仕事ぶりを目の当たりにして悠子に対して敬意を持つ様になっていった。
『中で改めて御説明させて頂きたいのですが?』
と悠子が入室を求める。櫻井は、
『ああ、どうぞ。』
と返しながら中に悠子を招く。中は聞いていた通りの間取りで、櫻井は悠子を6畳のガラステーブルに案内する。
座布団が既に置いてある対面にガラステーブルを挟んで座る。櫻井は、隅に置いた有った座布団を悠子が正座している横に置き、
『使ってください。』
と言うと台所で何かをしている。悠子は、折角なので座布団を使わせて貰いながら、
『お構いなく。』
と声を掛けると櫻井が、
『飲もうとドリップしていたので。』
と言いながらコーヒーカップを二つ持って来ると一つを悠子の方に置き、
『モカです、挽きたてで美味いですよ。』
と勧めてくる。緒方から聞いていた通り、かなりのコーヒー好きらしい。悠子は、
『いえ、こうゆうの頂いたらいけない規則なんです。』
と断わる。櫻井が、
『昨日の刑事さんにも飲んで貰いましたよ。コーヒー位良いでしよ?』
更に勧めてくる。悠子も櫻井の好意を無にして気分を害するのもと思い、
『では、頂きます。』
と言い一口啜り、
『美味しいですね、香りが凄く良い。』
と言うと櫻井は喜び笑顔を見せる。
悠子はもう一口飲むと、
『我々の提案、御検討頂けたでしょうか?』
と聞いてみる。櫻井は、
『迷っています。』
と答える。悠子は断られると思っていたので以外に思いながら、
『悩まれる事は、当然だと思います。』
『櫻井さんに御迷惑はお掛けしません。』
『櫻井さんの要望に出来る限り応じて監視任務を行う予定です。』
『詐欺グループ摘発の為、御協力願えませんか?』
と頭を下げる。櫻井が、
『警察に協力したい気持ちは有りますがね。』
と脈有りの返答があったので悠子は持って来た書類入れから用紙を取り出し、
『明日の朝、昨日伺った緒方が参ります。』
『捜査に御協力頂けるなら、こちらの同意書に署名、捺印をお願いします。』
『一枚は部屋の捜査協力同意書で、もう一枚は捜査官がこちらで電気や水道、トイレを使わせて頂きますので光熱料、水道料の協力金の同意書です。』
と櫻井の方に書類を向けながら説明する。櫻井は、協力金の書類の方をじっと見ている。櫻井は、
『解りました。』
『明日の朝、緒方さんに捜査協力する
かどうか伝えます。』
と話した。悠子は、残りのコーヒーを飲み干すと、
『よろしくお願いします。』
『お邪魔しました。』
と挨拶して帰って行った。
櫻井は、悠子が帰り足音が聞こえなくなると、
『糞ったれ!』
『あのアマ、俺に気付きもしねぇ。』
と怒鳴った。
【まあ当時の俺とは大分変わったし、名前も違う。】
【俺は、あの女だとすぐに判った。】
そう思いながら同意書の書類を見た。
【あの女は捜査協力の方に気持ちが傾き、協力金でなびいたと思っているだろ。】
【本当は、断わる筈だった。おまわりがいる所で生活なんて出来ないからな!】
【気持ちが変わったのは、あの女の顔を見た瞬間だ‼】
と怒りで興奮しながら、
『連中と関係を持っていれば訪れるかも知れない。』
『あの女に復讐するチャンスが!』
と言い放つ。
悠子は、櫻井の部屋を出ると郵便受けの名前を確認して、
【櫻井で間違いないわ。】
【顔に何となく以前に見た覚えが有ると思ったけど。】
【私の勘違いみたいだわ。】
と思い直し階段の方で向かった。