艶之進、奮う肉刀-2
艶之進は懐手で考えた。ひと月ほど前、彼は細川越中守の御前試合に参加した。剣の腕のたつ者を指南役に召し抱えるということで艶之進は天然理心流折紙の腕前で奮闘したが、あと一歩というところで木村虎之助という男の木刀を肩に受け仕官の道をつかみ損ねていた。剣にはいささか自信のあった艶之進だけに滅多にない仕官の機会を断たれた彼はこのところ気分が沈みっぱなしだった。
来年は三十路になろうというのに、いまだにしがない傘張りの浪人生活。ついつい癇癪を起こしがちになり、あげくの果てに、妻と口論の際、手を上げる始末。そんな暴力が二度、三度と度重なり、ついに業を煮やした連れ合いは三行半(みくだりはん)を書くように艶之進に迫った。売り言葉に買い言葉で、彼は後先考えず離縁状を殴り書きして妻の顔に叩きつけ、今は男やもめという境遇だった。
「ねえ、夜鷹泣かせの旦那、参加しましょうよ」
艶之進は無精髭を指で弄びながら目をつぶる。
妻と別れた夜、艶之進は自棄(やけ)になり、なけなしの金二朱を吉原の街で使い切ってしまった。それだけの金では花魁はもとより格下の座敷持ちという女郎も買えなかったが、普段は客を取らない振袖新造のお里という若い妹女郎が艶之進を可哀想に思ったのか、割床(部屋を屏風で仕切って寝床を敷いたところ)で密かに肌を合わせてくれた。交情の後でお里が言うには、「あんたの魔羅は遊女泣かせだ。本気で惚れてしまいそう」ということだった。安い金で買える岡場所の女も同じようなことを口走る。二束三文で寝てくれる、すれっからしの夜鷹たちでさえ、銀次の話だと彼の魔羅には夢中になってしまうらしい。どうやら艶之進と寝た女は、誰もが深い満足を得るようだった。もっとも、別れた妻は、夜の快楽よりは真っ当な日銭のほうが大事なようだったが……。
「こうなったら、剣での出世は諦めて、魔羅一本で稼いでみようか。いやしかし……」
「是非そうしなせえよう。なにせ旦那の魔羅は、そんじょそこらの魔羅じゃねえ。旦那が湯屋に行くと、みんなこそこそ背中を向けるでしょう? 旦那の堂々とした一物に気圧されるんでさあ」
「そんなに拙者の物は堂々としておるか?」
「そりゃあもう凄いですよ。夜鷹のおりゅうの話じゃあ、普段でも四寸(約12p)、いざという時にゃあ長さ六寸(約18p)、太さ一寸六分(約5p)に膨らむ業物(わざもの)というじゃないですか。加えて、鰓(えら)の張った亀頭が女を狂わせる。それを凄いと言わずしてどうします?」
艶之進は相好を崩した。
「ねえ、傘張りの旦那……、魔羅の嵩(かさ)がグッと張った旦那……、ご決断なさいませ」
「ふむっ、決めた! 出よう!」
艶之進はついに深く頷いた。
「そうこなくっちゃ!」
「で、魔羅くらべの日取りは?」
「ひと月先の神無月」
「おお、そうか。では、今から肉刀を研いでおこうかな?」
「それは旦那、気が早いというものです。……ところで、見事勝ち抜き、五十両を手にしたあかつきには、旦那、分かってるでしょうね」
銀次は下から覗き込むようにした。
「ふむ、おまえにはいくらやればいい?」
「そうですね、口利き料として三両ほど……」
「あい分かった」
艶之進はすっかり乗せられ、任せろといわんばかりに胸を叩いた。
そういうわけで艶之進は松平某下屋敷の魔羅くらべ参加者控えの間で、座布団の上に虚勢を張ってふんぞり返っていた。銀次にそそのかされて出ばってはきたものの心の底に緊張のしこりがまだあった艶之進だった。それを打ち消そうと深呼吸をし、あらためて周りを眺めてみた。
控えの間といっても五十畳ほどの大広間で、さすが大身旗本の下屋敷であった。そこにはひと癖もふた癖もありそうな連中がおよそ六十名、そこここに散らばって艶之進と同様に肩をいからせて座っていた。浪人、町人の多い中、身なりのよい侍もいたし総髪の医者と思える男もいた。広間のど真ん中に陣取っているのは一目で裏の世界の親玉とわかる堅太りの目つきの悪い男で、薄い眉毛が人相の悪さを際だたせていた。さらに部屋の片隅には、女と見まごう美しさの痩身、白面の男が正座のまま恬然と座っていた。おそらくどこぞの役者だろう。艶之進の後ろでは、得体の知れない坊主頭の男が、大の字で堂々と居眠りをしていた。しかし、集めに集めたり。公に触れ歩いたわけでもあるまいに、よくぞこれだけの人数が参加したものである。
艶之進が感心していると豪壮な床の間のそばの襖(ふすま)が音もなく開き、松平家の用人と思われる初老の男が入って来た。厳めしく裃(かみしも)を身にまとい両脇には見目麗しい腰元が二人付き従っている。
用人は床の間の真ん前で立ち止まると、こちらを向き直り、パッと袴の裾を払って腰を降ろした。腰元たちもしずしずと左右に侍(はべ)る。厳粛な空気に参加者が皆、座布団の上で姿勢を正した。裏世界の親玉と坊主頭の男を除いて。
「あ、いや、皆の者、楽にしてよろしい」用人はよく通る声で語り始めた。「本日、ここに集まってもらったのは他でもない。当家の奥様、綾乃の方様のご所望により開催いたす朱引き内魔羅くらべに参加してもらうため……。おおよそのことは存じおろうが、ここであらためて趣意を申し渡す」
用人はもったいぶった顔つきで咳払いをした。
「御府内より集いし面々は、我こそは江戸一番の魔羅の持ち主と自負し、賞金の五十両は当然我が物と思っておることであろう。五十両獲得のためには様々な競い合いをしてもらうことになるのだが、第一戦、二戦、三戦、そして決勝戦となる。が、まずは前哨戦として各々自慢の魔羅を披露して頂く。それを検分し、当方で定めた規定の大きさに満たぬ者はその時点で落伍するわけだが……」
「ちょっと待った!」
声の主を振り返ると、それは裏世界の親玉だった。