ある復員兵の夏-3
* * *
真夏の、夕暮れ時。
正一は身体の痛みをごまかしながら、自宅からかなり離れた郊外までやってきていた。この辺りは空襲の手があまり回らなかったようで、無傷で残っている家も数多く見られる。
「ふう、ふう……」
正一は息を切らしながらもなお足を止めず、きょろきょろと辺りを見回していた。
敏江に教えてもらった目的の家が、そろそろ見えてくるはずであった。
「あ、あれだ!」
少し離れた位置に建つ瀟洒な洋風風の家を見つけ、正一は思わず足を早めた。
行けばすぐに分かると聞いてはいたが、なるほど、周辺ののどかな景色からはかなり浮いた感じの建物で、戦争で焼け出された母子が住むには少々違和感のある佇まいだった。
しかし、正一にはそんな些細な事などどうでもよかった。
「こ、ここに……」
圭子と隆男がいる。
長い間会いたくて会いたくてどうしようもなかった、最愛の家族がいるのだ。
正一は感極まって早くも泣き出しそうになったが、涙は二人と対面するその瞬間までとっておこうと、こみ上げる嗚咽を懸命に飲み下した。
「ん?」
家の玄関が、不意に開いた。
「あ……」
おずおずと外に出てきた一人の女性に、正一の目は釘付けになる。
「け……圭、子……」
かすれた声が、途切れがちにこぼれ出した。
それは、夢にまで見た妻の、無事な姿。
圭子は戦時を引きずったモンペ姿ではなく、新時代を予感させるお洒落なワンピースに身を包んでいた。そのせいか、記憶にある姿よりも丸みを帯びてふっくらしたように見える。
「けい……」
圭子に声をかけようと、正一は足を一歩前に踏み出した。
自分に気づいたら、圭子はどんな顔をするだろう。驚くだろうか、それとも笑うだろうか。元々怖がりな性格だから、幽霊と思って腰を抜かしてしまうかもしれない。
――だが、次の瞬間。
「!」
正一は上げかけた手を下ろすこともできないまま、目を見開き固まってしまった。