父親の海外赴任-1
華恋への想いは日に日に募る一方だったが、なす術もなく、俺はただ悶々とした日々を送っていた。聡子は俺を慰めてくれたものの、俺の心にぽっかりと空いた空白を埋めることはできなかった。夏が近づく頃、そんな俺に転機が訪れた。
俺が中2のの7月に父親の転勤が決まった。場所は地球の裏側、メキシコのティフアナ(Tijuana)。太平洋岸の米墨国境の南側に広がる、人口400万を擁する巨大なスラム街のような都市だ。住民の大半は、アメリカへの不法移民予備軍と言われている。ギャング暴力、麻薬密売、売春、人身売買、臓器の闇取引、銃犯罪、強姦、殺人など人間の業の深さを絵に描いたような営みが、日常生活の中で当たり前のように繰り広げられる魔窟である。
なぜ、この世のディストピアのような場所に日本人のサラリーマンが赴任するのかというと、この都市にはもう一つ別の顔があるからだ。トランプが大統領になってから、USMCA (米墨加協定)と名称が変わったが、NAFTA(1994年発効、北米自由貿易協定)という取り決めにより、メキシコから米国市場に向けて、ほぼ無関税で物品の輸出ができる運びになり、80年代の末から、多国籍企業による人件費の安いメキシコへの生産拠点の移転ラッシュが起きていた。その最大の受益者がティフアナで、元々サボテンしか生えていなかった郊外の広大な砂漠地帯にマキラドーラ(保税区)工業団地が造成された。
そういうわけで、俺の親父が勤務する自動車部品メーカーもティフアナに工場を建てることになり、彼は実質左遷人事で飛ばされた。俺も母親もメキシコなんて当初全く関心がなかったが、ティフアナの治安の悪さを考慮して、国境の北側のカリフォルニア州サンディエゴにセキュリティを強化した住居を会社が用意してくれることになり、家族での海外赴任が決まった。
俺の興味はただ一つ、金髪の娘たちと出会うことだった。