水脈-4
寄り添ったK…の掌がアケミの頬を撫で、ブラウスの胸のふくらみあたりで止った。
私に触れられただけで、きみの体は疼いている、私の調教をとても欲しがっているきみが手に取るようにわかる、と言ってK…は薄く笑った。彼は、いつも調教という言葉をアケミに囁いた。調教は《彼の命令》だった。
寄り添った彼の片方の手がアケミの腰をゆるやかに引き寄せる。夕闇に塗り込められていく街から、ふたりの部屋だけが取り残されていくようだった。男の横顔が見える。彼の体温がアケミの身体を透過し、心の表皮に陽炎めいた翳りを揺らがせる。そのとき彼がとても恋しくなる。強く吸着してくる彼の身体に、アケミの肌が引き剥がされる音が聞こえてくる。
あなたは、わたしを愛しているのかしら。聞く必要のない言葉を、アケミは自分自身に向けた意味のない笑みを浮かべながら言った。
彼は、アケミの言葉に答えることなく、指先で彼女の胸のふくらみをなぞり始め、ブラウスのボタンが上からひとつひとつ外していった。アケミは、彼がもたらす予期しないほどの心と肉体の苦痛によって、赤裸々に剥がれ尽くされることが必要だと思った。いや、そうでなくても、そう思い続けることで彼を受け入れられるような気がした。
ぴったりと寄り添う彼の身体の堅さを感じるほどに、彼の体温がまるでアケミの肌から気化するように逃げていく。窓の外の夕闇に何かの気配だけが漂う。何の気配かわからない。もしかしたら気配だけの自分の孤独がそこにいるのかもしれないと思った。
湿り気をふくんだ肌の下に、彼の息づかいが聞こえてくる。それは薄闇の血流の中に溶けていき、さらさらと甘い音をたてた。まるでアケミの肌を縛るようによじれる彼の息は屈折を繰り返しながら彼女の中に侵入し、心を突き刺すような命令となり、彼女の孤独の自白を迫る。アケミの心がどれほど彼に対して隷属しているのかを確かめるための。
誰も知らないわたしの孤独を知っているあなたであるからこそ、わたしはあなたのものになっていく気がするの。
きみが孤独を癒すために苦痛を必要としている女だということを、初めてきみに会ったときからそう思っていた、と彼は言った。
苦痛……苦痛って何なのかしら。アケミは、そうつぶやきながら男の肩に頬を寄せると彼はいつもになく強く抱きしめた。
窓から見える街の煌びやかな憧憬が、靄のようなフィルターに覆われていくように翳って見える。気だるい灯りは、まるでアケミの果てを嘲笑うように陰鬱な暁闇に沈み、彼女を呪縛するように収束している。
アケミは自分がK…の情婦であることで漠然と癒されながらも、見えない孤独を感じていた。彼はアケミが知らないところで妻を抱き、妻の知らないところでアケミを抱く。それでいいと思っている。だから、彼に囲われた情婦であり続けられる。
おそらく、あなたと別れるときは、わたしたちのしがらみのすべてを捨てて、お互いに身ぎれいになるのかもしれないわね……なぜか、そんなことをふと彼につぶやく。
きみを手放すときが、私には見えないね。かといって、理由もなくきみを明日にでも捨てるかもしれない。彼はそう言って笑った。
あなたは、わたしを手放しても、わたしにきっと欲望をいだき続けるわ。
たいした自信だね。きみがそういう女である限り、私のものとして捨てられることに、きみは悦びを感じるってことか。