投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

水脈
【SM 官能小説】

水脈の最初へ 水脈 2 水脈 4 水脈の最後へ

水脈-3

――― 次の日、夫は多量の睡眠薬を飲んで自殺した。おそらく、アケミのことだけを思い続けながら。


K…を待つホテルの窓から見わたせる濃い紫色に染まった空に、ぽっかりと三日月が浮かんでいる。円弧の細い光源は、まるでガラスの破片のようでもあり、指を触れると今にも切れそうだった。
あのとき、アケミは、ほんとうに死ぬつもりだったのだろうかと、今でもふと考えることがある。夫が自殺した一週間後、アケミは三日月のように鋭く光る剃刀を手首にあてた。でも、できなかった。なぜなら、自分の死の意味がわからなかった。何よりも自分の中に蠢く孤独を失うことが怖かった。そのときから肌の毛穴を通して吹いてくるような風に、アケミの軀(からだ)は不安と切なさに苛(さいな)んだ。じっとしていると軀(からだ)が寂しさに押しつぶされそうになった。
抱かれる相手は誰でもよかった。行きずりの男は窪んだ眼に淫蕩な光を滲ませたホームレスの老いた男だった。頬骨が浮き上がった痩せた男は、褐色の肌をした身体全体に卑猥な男の性器を感じさせた。
淫売窟のように立ち並ぶ古びたホテルでアケミは彼に体をゆだねた。彼はアケミの脚を開かせ、唇で性器を執拗に弄りまわした。息を荒げ、鼻の低い浅黒い皺に刻まれた顔を股間に擦りつけ、草むらを唾液で湿らせ、滲み出した蜜汁をどす黒い唇で啜った。
男のペニスは、まるで燻された肉片のように細く萎びていたが、アケミの腿と男の褐色の腿がまつわりつくと、ペニスはぬるりと空洞に滑り込んだ。肉襞の澱みを淫猥に掻きまわす細く長い肉幹は穿たれた空洞の中で水を得た魚のように蠢き、無数の蛆虫の亡骸が肉襞の溝に擦り込まれるような痛みを伴って彼女を侵していった。含んだ男のペニスを締めつけたとき、収縮する肉奥に色のない風が吹いていた。
男は、アケミのことを締りのいいものを持っている女だと嘲笑い、アケミの空洞を痛めつけるように貪った。そのときアケミは、虐げられ、嬲られ、侮蔑されながら男のもので肉体を蝕まれることで孤独が癒されることを初めて知った。
そして烈しい男の腰の動きが一瞬、止ったとき、冷え冷えとしたものがアケミの中に放たれた。糸を引くように流れ込む蕩けた精液は、アケミの孤独に水脈を描いた。その水脈に鈍い光を含んだ照りを感じたとき、夫が自分の中に放った精液がどんなものだったのか思い出せない自分がいた。子宮に滲み入り、けっして彼女の中で実を結ぶことがなかった夫の精液……。

男に抱かれた翌日、アケミは傷ついた軀(からだ)を引きずり、あてもない南欧の旅に出た。光に満ちた青い空と海に抱かれたら、もっと孤独になれるような気がした……。


扉が開く音がした。K…が上着を脱ぎ、ネクタイを外す気配がした。アケミは振り返ることなく、窓の外を眺めつづけていた。アケミの肩を彼が背後からゆるやかに抱き寄せた。求めていた男の体温がそこにあった。ゆるやかな風は、まるで透明な生きもののように、どこか切なく男とのあいだをとおり過ぎ、彼女の身体のまわりで微かな渦を巻き、沈み込み、肩甲骨を撫でながら乱れる。
K…の白い髪はとても艶やかなのに、眉も、鼻筋も、唇も光にまぶされたように朧(おぼろ)に霞んでいた。視点が定まらない黒い瞳は、薄い色がついたサングラスの中で猥褻な微笑みを溜めて蠢いていた。年齢のわりによく締まった体躯とわずかに肉が弛んだ顔立ちは不釣合いだった。


水脈の最初へ 水脈 2 水脈 4 水脈の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前