母・香澄の不安-1
香澄は戸惑っていた。
真奈美がずっと治療という名で関わってきた敏明の治癒が終わったので、
その祝いのパーティーが行われるという。
敏明の姉、紗理奈からの誘いがあった時、香澄は一抹の不安を感じていた。
「ねえ、あなた。敏明君の治療が終わったというのなら、
これを機に、斎藤さんのおうちとは関わらない方がいいんじゃないですか?」
「どうしたんだ、いきなり。
真奈美が5年もの間頑張ってきた結果、敏明君が完治したという。
めでたいことじゃないか。」
「ええ。そりゃあ他人のお子さんのことながら、
病気が治ったということはうれしいことですし、
それに真奈美が関わっていたのですから、
なおさら、という思いもあります。でも。」
「でも、なんだ?」
「わたしには、どうしてもあのお宅のことが信じられないというか……。」
「今更信じられないも何もないだろう。あれからもう5年も経つんだ。」
「ええ。それはわかっています。
でも、5年もの間、真奈美があちらに伺って、
いったい何をしていたのか。
それさえ詳しいことは知らされていないんですよ。」
「でも、真奈美もずいぶん成長したと喜んでいたじゃないか。
斎藤さんのところに通うようになってから、なにか自信がついたようだと。」
「ええ。それは確かなことです。
でも、その自信が一体何なのか。何に自信をもっているのか。
わたしにはそこが全く分からなくて……。」
「だったらなおのこと、今日、斎藤さんに聞いてみるといい。
うちの真奈美はどんなふうにお役に立てたのでしょうか、と。」
「それでいいのでしょうか。」
「真奈美の命は限られている。
今日まで生きてきたのだって、もしかしたら奇跡なのかもしれない。
だとしたら、その真奈美によって助かった敏明君の存在はなんだ?
まさに真奈美が生きてきた証じゃないか。
一人の人間を救ったという事実は、真奈美が生きてきた証だ。
それは5年前、わたしが敏明君の父上にお願いしたことでもある。
真奈美が生きた証が欲しいと。
今、幸いなことに真奈美は元気に生きている。
この5年間、真奈美自身にやり遂げなければならないという使命感があったから、
真奈美は生きがいを感じながら生きてこれた。
そうじゃないのか。
そして敏明君も真奈美のおかげで全快した。
こんなにめでたいことはないじゃないか。」
「それはわかっています。わかってはいますけれど。」
「いいじゃないか。とにかく一つのことが終わるんだ。
新しいスタートをどう切るかは、今日のことがすんでからでも遅くはない。」
「そうですか。あなたがそうおっしゃるなら。」
「それよりも早く支度をしないと。約束の時間に遅れてしまう。」
香澄は夫の言葉に釈然としない思いを持ちながらも、夫にせかされて支度をした。
内内のパーティーではあるが、それなりの格好で、という鈴木家からの要望もあり、
香澄は久々のおしゃれに少しだけ心がときめいた。
(敏明君のご両親とも久しぶりにお会いするし、妹の美奈子さんもいるという。
5年ぶりの敏明君もきっと成長したに違いないわ。
真奈美ももうこの4月からは高校生。
そうよ。それぞれの子どもたちの成長を見るのは楽しみだし、幸せなことなんだわ。)
化粧をしながら鏡をのぞく香澄の顔に少し笑顔が浮かんだ。