急展開-1
瀬奈は病気が発症する事なく穏やかな一日を過ごせるようになった。今はもうスマホを持っていない。もし持っていたら毎日海斗に電話をして甘えてしまいそうだからだ。瀬奈はスマホの中ではなく、海斗と生活した日々の中、幸せを感じているのであった。
康平に海斗が他の女の子とイチャイチャしたらと言われ、危うく病気が出る所であった。しかし海斗が幸代と二人きりになる事を想像しても気持ちは揺るがなかった。女の勘か、幸代も海斗の事が好きなのではないかと気づいていた。しかし幸代は自分の事を心配してくれる友人だと信頼を置ける数少ない女性だ。もし海斗の事が好きでも、それはライバルとして卑しい心を持つ事なく幸代を見れる。例えばいま、海斗と幸代が一緒にいたとしても、それは自分が海斗のそばに居れない状況なのが悪いのだし、未だに離婚を成立させられていない自分が悪いのだと思える。自分が自分の事を整理出来ていない状況がいけないのだと素直に思えるから、決して抜け駆けやズルをしている訳ではない幸代に悪意を抱く事はなかった。
瀬奈は部屋の窓から空を見上げながらふと呟いた。
「海斗は幸代さんといた方が幸せなのかも知れないな…」
と。訳ありの自分とは違い幸代はごく普通の女性だ。しかもお似合いな2人だな、そう思った事がある。自分はこのまま海斗の前には現れない方がいいのかな、しかしやはり海斗が好き…、瀬奈はそんな気持ちの狭間で悩む時間が増えて行った。
海斗と過ごした日々はまさに宝箱のように瀬奈の心の中で輝いている。それまでの自分を捨て、まるで生まれ変わったかのような新鮮な気分で海斗と過ごした日々は、瀬奈がずっと憧れていた暮らしであった。大抵の人間は腫れ物に触るかのように接して来た病気に海斗は真剣に向き合ってくれた。どうして自分はあんな病気を抱えてしまったんだろうとずっと悩んで来たが、真剣に向き合ってくれる存在次第で、自分の中で不治の病だと思っていた病気が、決してそうではないんだと言う希望をくれた海斗。瀬奈の胸は海斗への想いで溢れていた。
海斗を想い、幸せな気分になった後に必ず訪れるのは現実だ。康平が送りつけた離婚届は、未だ帰って来ていない。
有樹の議員になりたい強い願望は知っている。自分と結婚した理由の一つには父、康平の存在があったのにも気付いている。そんな有樹がそう簡単に議員への近道を遮る事になるであろう自分との離婚を認めるとは思えなかった。それを考えると、海斗に晴れ晴れとした状況で逢いに行ける事はそう簡単な事とは思えず、大きな溜息をつく。その繰り返しであった。
幸せな気持ちからブルーな気持ちになった後にやってくるのは憂鬱であった。形式上は有樹と切れて気分はすっきりとしたのも束の間、瀬奈の中で膨らんで行くのは未来に対する憂鬱なのであった。想いも溜息も海斗に届かない現実に、瀬奈は海斗を想うと切ない気持ちになる事が多くなって行くのであった。