着ぐるみ-1
重い、暑い、動きづらい!
毎度毎度、人通りの増える三十分だけとはいえ、一向に慣れることがない。いい加減、店長に時給を上げてもらわないと気が済まない。そう思いながら、ヒョコヒョコと、かろうじてある短い足を動かす。
私は今、繁華街にあるドラッグストアのキャラクター、ドラクマくんの着ぐるみの中にいる。にこにこ顔でずんぐりむっくりの、いかにも無害そうなクマさんだ。看板を持って、夜の街に向かう人々にタイムセールをアピールする。
場所柄なのか、まだ夕方なのにも関わらず、酔っ払いに絡まれることが少なくない。そういう時はペコペコ小さくおじぎをしてその場をしのぐ。
そうしてひと通り宣伝し、時間がきたら裏通りの小路を通って店に戻る。人陰に入ってすぐに脱げれば良いのだが、腕の短いデザインのおかげで、自力では頭部を取ることもままならない。着替えを手伝ってくれる店員の元まで地道にヒョコヒョコと戻るしかなく、そのために汗だくの体を引きずっているのが現状、というわけだ。
店まではおよそ五十メートル、途中、二回ほど角を曲がる。裏通りは街灯が少ないが、その分、人通りも少ないので誰かとぶつかる心配はほとんどない、のだが。
やってしまった。
ボゴンッ!
つまづき、空洞がたわむ低い音をたてて、前のめりに倒れてしまった。
どうしよう……。
目の前は真っ暗だ。地面だから当然だ。
とりあえず動こうとするが、全体がグラグラと左右に揺れるだけ。腕は後ろに少し動くかどうかだ。足に至っては動いているのかも分からない。
………………。
周りに人の気配はないが、黙っていてもどうにもならない。
「助けてください!誰か、いませんか!」
叫んではみたが、着ぐるみの中にこもるだけで外に伝わっている気がしない。それでも、
「誰かー!起こしてください、お願いしまーす!」
何度も試してみる。
「誰かいませんかー!」
グラグラと、誰かの目に留まるように必死に着ぐるみを揺らす。すると、人の話し声。近づいてくる気配。
(良かった……!)
安堵しながら、
「すみませーん!起こしてくださーい!」
グラングランと全身で揺れてアピールする。
「あ?」
気付いてくれたようだ。
「あの、転んでしまって……」
と声をかけるが、
「おい、クマが寝てるぞ」
「邪魔だぞこら!」
――――ドンッ!
股間を蹴られた。酔っているのか、奇声をあげ、こちらの声は届かない。
「クマが」ドスッ
「寝る場所じゃあ」ゴスッ
「ねえんだよ!」ボスッ
着ぐるみの中、衝撃で体が擦れる。
「ごめん、なさい、ごめんな、さい!」
とにかく謝る。
「ごめんなさい、どきますから、起こして、ごめんなさい!」
夢中で謝る。すると、
「お、なんか喋ってるぞ」
「こいつ、中身女か」
と、二人の男の声。やっと伝わった。
「う、ぐ、すみません。起き上がれないんです。寝てるわけじゃないんです。ごめんなざい。ひぐっ」
自分でも気付かないうちに泣いていた。
「はは、ウケる。どうする?」
一人が聞くと、もう一人も笑う。
「手伝ってやるよ」
言うなり、ゴソゴソと音がして、右足部分が外された。そして左足。足首から先が夜風にさらされてスースーする。
「ひぐっ、う……ありがと、ございます、ぐっ、う……」
「それじゃ」
えっ?足先だけが自由になっても、立ち上がることはできない。
「あ、あの!体も、お、お願いします……」
「はぁ?」
威圧的な声が返ってくる。
「ごめんなさい、後でお礼しますから」
蹴りの恐怖に怯えながら、なんとかお願いする。
「はぁ……。なぁ、これ、腕が先じゃね?」
「めんどくせー!置いていこうぜ」
そんな。
「お願いします、置いて行かないで、脱がせてください!」
必死にお願いする。
「あはは、脱がせてだってよ」
「ずいぶん歳食ったお子様だなぁ」
気だるそうに言いつつも、両腕を抜いてくれた。そして丸みのある胴体を、肩から一気に、荒々しく引き抜かれる。
(やった、やっと解放された……!)
着ぐるみの頭部は、ズレないようにとフェイスタオルでかなりタイトに調整していて、簡単には脱げず、その重さもあって体は地面に突っ伏したままだが、とりあえず安堵する。
お腹に風が当たり、Tシャツが上に寄っていることに気付く。恐らく白いスポーツブラまで丸見えだ。傍目にはブラジャーに短パン姿の女体がうつ伏せで、にこにこ顔のクマの頭から伸びている、という、どう見ても間抜けな姿だろうが、ここでずっと寝転がっているよりマシだったと自分に言い聞かせて。
「うう、ありがとうございました……」
腕に力を入れて立ち上がろうとした時、腰が浮き上がった。バランスを崩し、再び前かがみに倒れ、着ぐるみの中で顔が擦れる。
腰を持たれ、短パンが下着ごと脱がされている。
どうして……。
なす術なく、あっという間に下半身が外気に晒されてしまった。
「バカな女見てたら勃起してきちゃった。入れていい?」