明かされた街の秘密-4
「依存症の心配などはないのですか?」
「はい。それは医学的にも立証されています。
薬というものには必ず副作用があるものですが、
この樹木酒にはそうしたものが一切ないのです。」
オレにとっては初めて耳にすることばかりだった。
「先ほど医者に行かれたとか。」
「はい。あ、でもおかげさまでどこも異常はなかったですし、足の捻挫ももう………。」
「薬をお飲みになったでしょ?」
「あ、はい。診察室で、直ぐに飲まされました。」
「実はそれも今お話ししている樹木の成分から作られているものです。
鎮痛作用、消炎作用があり、筋肉痛や打撲などの治療には最適です。
ただ、薬として持ち出すことに意味はない。」
「どうしてです?薬として売れば確実に………。」
「そうです。それが出来たならこの街の今はもっと別のモノになっていたでしょう。
一番不思議なのは、樹木酒やそのエキスを濃縮した薬も、
この街の外に出てしまうと効果が消えてしまうんです。」
「街の外に出ると?」
「はい。つまり、これを飲んでも効果のあるのはこの街の中だけ。
つまり土産物にもならないということです。」
「はあ。」
「先生のように、痛みは直ぐに治る。炎症もすぐに治る。
でも、それはこの街の中にいる間だけの効果であってなのです。」
「じゃあ、例えば明日、この街の外に出かけたらまた痛みが復活する?」
「いえ。まあ捻挫程度の炎症は一度引いてしまえば痛みはなくなります。
つまり、この街の中にいる間に治ってしまえばそれで完治ということです。」
「でも、持ち出して飲み続けても効果はない?」
「そういうことです。」
「先ほどおっしゃっていた媚薬効果や強壮効果もですか?」
「はい。ただの爽やかなアルコール飲料になってしまいます。」
オレは一つ一つ、頭の中で整理しながらアキラの話を聞いた。
「そこで、先人たちは考えました。
だったらこの街の中でこの樹木の効果を十分に堪能できるような街にしよう。
そうすれば他の街から多くの人がやってきて、この街に金を落としていってくれる。」
「なるほど。」
「昔は人伝えに聞いた方がこの街にいらして、樹木酒を飲み、あるいは薬を服用する。
お帰りになられて地元の方に話をされる。
その話を聞きつけた方がこの街を訪れて、といった具合だったらしいのです。」
「はあ。」
「しかし、時代が進み、今のように情報社会になると、
あまりにも多くのお客様がこの街に殺到し、自分たちの生活が脅かされる。
あの林の資源も枯渇してしまう。
だから、限られた人たちにのみ、この樹木の存在を知っていいただき、
この街の中で味わっていただこうと考えたわけです。」
「なるほど。わかるような気がします。」
「そのために、街の外からいらした方には、
かなりの金額で樹木酒やお薬をご提供しています。」
「法外な値段ということですか?」
「その言葉そのものが可笑しな言葉です。
では、「法内の値段」とはどのようなモノでしょう。
原価がいくらいくら、加工費、人件費、様々なものを加算し、最後に利益を乗せる。
適正かどうか、法外か法内か、誰がどういった基準で決めるのかということです。」
「なるほど。」
「この街でしか、この街の中でしか、という希少価値。
そして稀なる媚薬効果と強壮作用。
そうした付加価値を考えた時の適正な値段とはどのくらいになるかということです。」
「単刀直入にお聞きしますが、いったいいくらくらいで?」
「一万円で。」
「ボトル1本で1万円…。確かに高いには高いが法外とは言えないか………。」
「いえ、そのグラス1杯で1万円です。」
「このグラス1杯が1万円?」
「はい。しかし、その金額がわかっていても好んで飲んでいただけるわけです。
その効果を皆様十分にわかっていらっしゃるのですから。」
お飲みくださった方が納得してお払いになる価格というのは、
適正な価格なのではないですか?」
「おっしゃる通り、だと思います。」
アキラはそこまで一気に話すと、さすがに話題が逸れてきたことに気づき、
オレの顔を見た。
「先生。申し訳ない。ついつい話し過ぎました。」
「いや、様々な誤解をされないように苦労されていることがよくわかりました。」
「麗子。ボトルをもう一本、持ってきておくれ。」
「じゃあ、わたしももう一杯、いい?」
「ああ、仕方ない。もう一杯だけだぞ。」
麗子は喜んでソファーから立ち上がった。
「ただ、そんな高価な樹木酒をわざわざこの街に来て飲んでくださるというのは、
実にありがたいことです。
そこで街の住人は出来得る限り最大限のおもてなしをするようになったわけです。」
「最大限のおもてなし?」
「はい。この街の家並み、ご覧になりましたか。」
「はい。それは麗子さんにも言われました。」
「我が家もそうですが、どの家にもたいがい玄関が二つある。
一つは家族用。もう一つはお客様のためのものです。」
「お客様、ですか?」
「はい。どの家でもお客様に予約していただいて、自宅でおもてなししています。」
「自宅でおもてなし?」
「はい。この樹木酒を中心に簡単な食事。そしておもてなしです。」
「なるほど。それぞれのおうちがレストランのような感じなわけですね。」
「まあそう考えていただいてもかまいません。
ただ大きく違うのはおもてなしがあるということです。」
「そのおもてなしがいったい何なのか、わたしには全くわからないのですが。」
「そうですか。そこが一番肝要かもしれませんね。」