なぜ…-4
(海斗…、今からあなたの元へ戻るよ…♪私が居なくなって寂しかったでしょ?一人エッチばっかりしてるんじゃないの?でも大丈夫。これからは私が居るから♪でも再会したらキスしてね?いっぱいキスしてね?急に現れて、消えて、また急に現れて、マジでメンドクサセー女だなって言われるかな??でも海斗だって結構メンドクサイから平気だよね??メンドクサイ女だって言いながらまた笑ってね?もうすぐ、もうすぐ会いに行くから…)
瀬奈の目に映る慣れ親しんだ風景。もう二度と見る事はないだろう。しかしその風景を目に焼き付けようとは思わなかった。その全てが瀬奈にとっては過去のものになる事が分かっていたからだ。瀬奈が見ているのは海斗との未来。消えていく風景はまるで自分の脳裏から削除しているかのように次々と消えていく。瀬奈は海斗にメンドクサイ女だなと言われて笑われる事しか考えていなかった。
(さようなら、新藤瀬奈…。お父さん、お母さん、ごめんなさい。)
いつまでも三上瀬奈でいられたら自分は幸せだったのかも知れないと思った。しかし三上瀬奈に戻る選択肢は瀬奈にはなかった。それは過去に戻る事を意味するからだ。瀬奈は新たな幸せを自分で見つける事こそが見るべき未来だと信じた。環境性人格障害?なら環境変えればいいんじゃん!、そう軽く言ってくれた海斗に自分の望む未来を見出した。ようやく自分の意思を信じて自分の足で未来に向かって歩く事が出来たような気がする。
海斗の周りには愛が溢れていた。病気が出て発狂した自分を見た幸代。だが幸代はそんな自分を心配し懸命に向き合ってくれた。海斗に取り巻く女性に嫉妬する自分が、幸代にだけは気持ちをコントロールする事ができたのは自分でも驚いたし、もしかして病気が治るのではないかと言う自信も感じさせてくれた。一緒に買い物に行き楽しい気持ちにしてくれた。本当に感謝している。幸代だけではない、海斗の知り合いはみんな自分に優しくしてくれた。瀬奈は海斗が住むあの街が好きだ。自分にとっての竜宮城はきっとあそこなんだと思う。変人が住むあの街が…。
ついさっき包丁を振り回してあんな事があったと言うのに今はとても穏やかだ。この穏やかな気持ちをずっと感じさせてくれるのはまだ少し遠くにいる変人さんだ。
(変人には変人がお似合いなのよね、海斗♪)
もう海斗の顔しか思い浮かばない。ついさっきまで幽霊を見るような目で見られていたが、今やすっかり希望に満ちた清々しい表情で微笑を浮かべる美しい女性の姿になっていた。瀬奈は少しずつ、少しずつ海斗へと近づいているのであった。