なぜ…-2
電話を切られた有樹は顔面蒼白で冷たい汗が額から垂れ落ちて来た。康平をあそこまで怒らせてしまったと言う事は、今まで議員になる為に様々な努力や苦労が全て水の泡になり兼ねない事態だからだ。瀬奈は自分が守ると言った康平の意図は間違いなく離婚だ。今まで世間体があるから離婚を迫られる事はないだろうと安心していた。しかし最終通告を受けた今、ようやくそのコトの重大さに気付いた有樹。選択肢として今までの努力は全て捨ててゼロからやり直すか、それとも今度こそ気持ちを入れ替え康平に謝り瀬奈との関係を修復し一からやり直すかだ。現実的に今の自分は康平の力なしでは議員になる力も繋がりもない。ゼロからやり直す自信は全くなかった。ならば自分がすべき事は一つしかない。恥もプライドも捨て康平に誠意を見せる事がベストの選択だ、そう思った。
「悪い、優衣、後で電話する!」
有樹はそう言って優衣の部屋を出て行った。そう言う選択をしながらも優衣との関係を断ち切る事に躊躇う自分を何度も同じ過ちを犯す愚か者と気づけない人間性に康平は見切りをつけたと言う事実に気づかぬ有樹。ダメな人間が気持ちを入れ替える事はそう容易い事ではない。それを一早く確信したのは他ならぬ瀬奈であった。もう瀬奈は有樹に見切りをつけている事を知らず、有樹は瀬奈の行方を追うのであった。
「くそ!全然電話に出ない!マズいぞ…マズいぞ…!」
そう焦りながら家に戻るとドアの鍵は空いていた。
「瀬奈!!」
靴も脱がず中に入る有樹。しかし返事はない。部屋で瀬奈が暴れた様子もない。荷物を纏めた様子もない。もしかして家には戻らなかったのかとも思ったが、用心深い瀬奈が鍵をかけずに出かける訳がない。これはもうここへは戻らない…、そんなメッセージに思えた。
「ヤバい…マジでもう戻って来ないつもりだ…!三上さんより先に見つけなきゃ!!」
まず瀬奈を見つけ謝罪して瀬奈を丸め込もうと考えた有樹。当人達が関係をやり直す意向を示せば康平も納得してくれるだろう、そう考えたからだ。有樹は瀬奈が行きそうな場所を必死で考えた。
が…
「ダメだ!全然思い浮かばない!!」
有樹は頭を抱えた。
「どこだ!?どこに行った!?ヤバいぞ…」
もはや手当たり次第に探すしかない。家に居ても瀬奈は来ないと思った有樹はとにかく家を飛び出したのであった。
瀬奈が行きそうな場所が全く思い浮かばない…、それこそが瀬奈を苦しめた要因なのである。瀬奈が行きそうな場所が一つも思い浮かばない程、瀬奈を妻として大切にしていなかったと言う事だ。瀬奈の好きな食べ物、好きな物、趣味…有樹は全く知らなかった。結婚し一緒に生活しながらも自分を見てくれない疎外感こそが瀬奈を苦しめていた原因である事にまだ気付かない有樹に瀬奈を見つけ出す事など出来るはずはなかった。幸せを求めて前へ進む瀬奈の姿が有樹の目に映る事は、瀬奈の寂しさが見えなかった有樹には絶対にあるはずがない。もう二度と…。