とし君がいない学校なんて-4
「斎藤さん。
真奈美はね、あなたのところの敏明君と友達になってから、
なんというか・・・・・性格が変わった。明るくなった。
いや、今までも明るかったが、毎日がより生き生きとしてきた。
毎日が楽しくて、次の日が来るのが待ち遠しくて、そんな日々を送り始めた。
その喜びがわたしたちにも十分に伝わってきていた。」
「・・・・・」
「とし君が休んだと、本当に悲しそうな顔で話した。
次の日も学校に来なかったと、食事をしながら涙をこぼしていた。
夜、真奈美の部屋を覗くと、目に涙を一杯に浮かべて、
うわごとのように「とし君、とし君。」と繰り返していた。」
「・・・・・」
「斎藤さん。わたしも、失礼ながら、
あなたのお子さんのこと、家のこと、少しばかり調べさせてもらいました。
わが子がどんな家の子どもと付き合っているのか心配で、というバカな親の行動と、
お許しいただきたい。」
「・・・・・」
「正直に申し上げれば、あなたの家の評判は決して良くない。
いや、むしろ、不審に思っている方のほうが多いくらいだ。
怪しげな、とまではいわないが、不思議な人の出入り。
お宅のお嬢さんのお友達とも思えないような女性が何人も。
そして、若い男性の出入りも。」
「・・・・・」
「噂では、闇の何かをやっているのではないかとか、
不法医療をしているのではないかとか、
どれもこれも好意的なものは一つもなかった。
なのに、真奈美は、いや、真奈美だけは、
あなたの家の方々のことを優しくていい人だと言う。
とし君は、いつも自分のことを心配してくれて、優しくて、と、
満面の笑みで話す。
そして、とし君のお父さんもお母さんも、
お姉さんも、みんなみんな思いやりがあって、優しくて、
とっても素敵な人たちだと言う。」
「・・・・・」
「わたしは真奈美が騙されているのではないかとも思った。
それこそ、何か変な薬でも飲まされて、幻覚でも見せられているのではないかと。
でも、あの子の目には、一点の曇りもなかった。
心の底から、魂の叫びとして、敏明君のことを信じ、頼り、
心配していることが、わたしには伝わってきた。」
「・・・・」
「斎藤さん。一つだけ、お願いがあります。」
「なんでしょう。」
「もしも、真奈美を騙しているのなら………。
最後まで、騙し通してやってください。」
「生野さん?」
「あの子には、人を疑うような人間になって欲しくはない。
誰かを恨んだり責めたりするような人生を送らせたくはない。
いつ来るかはわからない、最期の瞬間を迎えるまで、
自分の周りには優しい人ばかりだった、
自分は幸せだったと思い続けて生きていってほしい。
そう思うのです。」
「・・・・・」
「真奈美は、大好きで大好きでたまらない敏明君を、
何とか助けたいと思っています。
そして、それが自分にしかできないことなのだということをあなたから聞かされ、
一切疑うことなく、その言葉を信じている。
その純真な真奈美の心を、最期の最後まで大切にしてやりたい。
斎藤さん。敏明君のこと、必ず治してあげてください。
真奈美に、ああ、わたしはとし君を助けることが出来た、と、
心から感じ取らせてやってください。」
「・・・・・」
「わたしはね。あの子を見るたびに、
ああ、この子は天使だなって思うんです。
人を疑わず、人の善を信じ切って生きている。
真奈美は、きっと、誰かを幸せにするための生まれてきたんだなって思うんですよ。
もちろん、わたしたち夫婦も、真奈美によって幸せに生きて来れた。
あの子の幸せは、自分が幸せになることではない。
人を幸せにすることがあの子の幸せなんです。」
「・・・・・」
「斎藤さん。あの子を幸せにしてやってください。
真奈美でお役に立つことなら、どうか真奈美を。。。」
真奈美が敏明の家を訪れるのは、
毎月第2土曜日と第4土曜日を原則とすることが決められた。
朝、9時に敏明の家を訪れ、夕食は敏明の家でとる。
そのあと、斎藤家の誰かが真奈美の家まで送る、というものだった。
結果的に、その生活は、真奈美が中学卒業間際まで続いた。
つまりは、5年もの間、真奈美は敏明の治療を続けたのだ。
真奈美は敏明の治療を心を込めておこなった。
敏明の父親も母親も、
それに必要な行為の様々を真奈美にレクチャーした。
紗理奈も父親相手にその行為を繰り返し、
真奈美はそれを敏明相手にまねるということも、ごく当たり前の形となった。
美奈子も、生来の自分らしさを発揮し、Мとしての才能を開花し始めた。
やがて、真奈美は紗理奈・美奈子姉妹と、
安らぎのひと時を過ごすようになった。
敏明を相手にする献身的な行為に疲れた真奈美が、
身も心も癒される時間だった。
時に、父親からは、これから真奈美が成長していくうえで、
より真奈美の個性を発揮できるテクニックの数々が伝授された。
真奈美はそれを敏明の父親に試してみることで、自分のものにしていった。
自分の得意なことを伸ばすこと、
自分の得意なものに自信を持つこと、
その素晴らしさを、真奈美は実感しながら成長していった。
そして、何よりも、その自分が得意とすることが、
自分の大切な人を救うことにつながるという奇跡に、
真奈美は生きがいを感じた。