その3-2
夫の名前は詢也といった。
詢也から呼び出された美奈子は、
駅向こうにあるラブホテル『クイーン』に向かっていた。
美奈子は歩きながら、夫が言った言葉を思い出していた。
「夫はなぜ、急に私に電話をしてきたのだろう?」
結婚する頃は見栄えがする詢也の容貌に憧れ、
恋したのだが、その結婚生活は甘くはなかった。
始めは真面目に働いていたが、
何事にも飽きやすい詢也には長くは続かなかった。
美奈子も働いてはいたが、
その比重は次第に彼女に重くのしかかっていく。
結婚とは言ってもそれは、紙切れ一枚だけの手続きだけで、
結婚式を挙げたわけでもない。
それでも美奈子にとっては始めは幸せだった。
その頃の生活は、美奈子の貯金とパートの収入で賄っていたが、
それもいつまでもあるわけではない。
それに、今日のラブホテルの代金も自分が払うことになるのはわかっている。
最近の美奈子は、もうあまり深く考えないことにした。
考えれば考えるほど、
自分が惨めになるだけだと思うようになっていた。
しかし、ヒモ同然になっている詢也だが、
美奈子は別れることができない。
それは女にとっては大切な「性の欲望」を詢也が満足させてくれるからだった。
叩かれても蹴られても、
最後に抱かれて体を貫かれる時だけが幸せだった。
その想いが、美奈子をラブホテルに向かわせたのである。
ラブホテルはきらびやかで、
その時の美奈子の気持ちはドキドキしていた。
美奈子は、詢也に言われたとおりにエレベーターに乗って6階で降りた。
キョロキョロと見渡しながら、ハンドバックから取り出したメモを取り出し、
そこに書いてある604号室をノックした。
美奈子がコンコンとドアを叩くと、部屋の内側がすぐに開いた。
入り口で夫は黙って立っている。
なぜかその時の夫の顔がいつもと違っているように見えるのだ。
すでに詢也はシャツとズボン姿である。
彼は美奈子を部屋の中に入れると直ぐに、ドアノブをロックをした。
「あなた……」
(なんてロマンチックなの……)
美奈子は久しぶりに甘い気持ちになっていた。
狭いあの安アパートでなく、
今は心ときめくラブホテルの中なのね、
そう思うと気が遠くなってくるような気がするのだ。
その時、夫は待ちかねて自分を強く抱いてくれるものと美奈子は思っていた。
しかし、夫は直ぐには抱かなかった。
「中においで」と夫は言う。
美佐子は靴を脱いでスリッパに履き替え、部屋の中に入っていった。
これからのめくるめく熱いシーンを想像しながら。
しかし、美奈子のその期待は裏切られたことになる。
そこには見知らぬ中年の男が一人立っていたのだ。
「だ、誰なの! この人?」
その男は驚いている美しい美奈子を蛇のように
妖しい目でじっと見つめていた。