投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

暑中お見舞い申し上げます
【フェチ/マニア 官能小説】

暑中お見舞い申し上げますの最初へ 暑中お見舞い申し上げます 0 暑中お見舞い申し上げます 2 暑中お見舞い申し上げますの最後へ

暑中お見舞い申し上げます-1




 インターホンが鳴ったような気がしたので、明奈(あきな)は掃除機を止めて耳を澄ました。家庭訪問の時間にはまだ早いように思えたが、それはあくまでも大体の目安であって多少のずれは生じるものだと理解している。
 小学四年生の娘は帰宅するなり友達の家に遊びに行ったきりだし、真面目人間の夫は仕事が終わったあとに接待があるとかで夜まで帰らない。
 リビングの時計は午後三時と五分を指している。明奈が玄関まで確かめに行くと、タイミング良くインターホンが鳴った。やはり学校の先生が予定より早くたずねて来たのだろう。
「はい」
 普段とは違う可愛らしい声で応じ、玄関マットに両膝をついて来客用のスリッパを用意した。化粧を直している暇がなかったことをちょっぴり後悔したが、素の顔が華やかな目鼻立ちをしているのでその必要はなく、彼女を狙っている父兄も多いとか。
「あのう、どちら様ですか?」
 こちらの声が聞こえないのか、ドアの向こうにいるであろう人物は名乗りもせずに黙り込み、苛立ったように足踏みする音をこつこつと鳴らすばかり。
 怖いな、と警戒しつつも護身術を習ったことのある明奈はドアチェーンを外し、さらにサムターンを回してゆっくりとドアを押し開いた。
 目線を下げていたので最初に見えたのは黒い革靴だった。そこから徐々に顔を上げていくと、ようやく相手の背格好が認識できた。肩幅が広く、髪を短く刈った四十代くらいの男性だった。つまり明奈よりも十歳ほど年上になる。
「あ、どうも、こんにちは」
 男性が会釈してきた。極度の人見知りなのか、浅黒く焼けた頬は強張り、なかなか目を合わせてくれない。さっき聞こえていた靴音はどうやら緊張した時の彼の癖のようだ。
「こんにちは。ええと、学校の先生ですよね?」
 知らない人だったので明奈は訊いた。娘の学校にこんな先生がいただろうか。
「いいえ。学校の先生だなんて、とんでもない」
 男性は上擦った声で否定し、さらに名刺を出してきた。『不破製作所開発部試作課、片桐大地』とある。やたらと漢字がたくさん並んでいるので明奈は頭痛をおぼえたが、不快感を露わにしないよう努めた。
 それにしても怪しい男だと思った。格闘技選手のような体格だとか毛深いところが動物の熊を連想させるし、見かけによらず人見知りというのは相手を油断させるための演技なのではないか。
「いやその、けっして怪しい者ではないんです。少しだけお時間をいただけたらと思いまして、こうして一軒一軒おうかがいしているわけです」
 片桐と名乗る男は、車も使わず自分の足だけで営業しているのだと必死でアピールしてきた。しかもどの家をたずねても門前払いを食らい、まともに話すら聞いてもらえないと言う。
 とほほ、と肩を落とす彼の姿を見ているうちに、明奈はだんだん気の毒に思えてきて用件だけでも聞いてあげようという気持ちになっていた。しかしご近所さんに会話の内容を聞かれたくない。
「立ち話も何ですので、どうぞ」
「ありがとうございます。ほんとうにお時間は取らせませんので」
 そう言って片桐は大きなバッグを手に玄関をくぐると、音を立てぬようドアを閉めて沓抜(くつぬぎ)の様子を観察し始めた。
 見られて恥ずかしいものではないが、私生活をのぞかれているようで明奈としては少し不愉快だ。
「奥さん」
「は、はい……」
「今、家にいるのは奥さん一人だけですよね?」
「ええ、そうですけど」
 ぽつんと寂しそうに置かれた白いパンプスに視線を落とし、ちょっと不用心だったかしら、と明奈は今になって後悔したけれどもう遅い。相手の洞察力のほうが上手だった。


暑中お見舞い申し上げますの最初へ 暑中お見舞い申し上げます 0 暑中お見舞い申し上げます 2 暑中お見舞い申し上げますの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前