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素描
【SM 官能小説】

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素描-7

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エピローグ

 私が《あなた》と離婚してから十年ほどがたつ。あの頃、私はすでにあなたの妻であることの意味を失っていた。あなたを憎んでいたわけでもなく、嫌悪していたわけでもない、だからといって愛していたのかと言われれば答えをもたない。私はあなたと別れる理由も、別れない理由もあの頃から今もまだ見出していない。夫婦のあいだで濃さを増していく倦怠と言ってしまえばそうかもしれない。あの頃の私は、あなたに対する混沌とした心を、引き寄せたり、遠ざけたりしていたが、夫としてのあなたの存在はとても希薄なものだった。
あなたが私に語りかけるとき、私の唇を求めるとき、私のからだを愛撫するとき、私の脚を開かせるとき、私の中にあなたのものを含ませるとき……私はあるときから気がついた。ベッドの上で脚を開いた私の中心を貫いてくるあなたのものがとても柔らかかったことを。その欲望を失った柔らかい無機質な肉塊はいやがうえにも、《私とあなたの関係》を卑屈に崩壊させたのだった……。

 十年前、日本画界の幻の鬼才と呼ばれた〈南条 怜〉の邸宅で、私が彼のデッサンのモデルになったことは偶然だった。あの日、あてもなく夜の道を歩いていて、不意に迷い込んだ画伯の邸宅だった。
あの頃、精神を患っていた私は、毎夜、夢遊病者のようにあてもなく街の徘徊を続け、虚ろな空気に包まれたあの邸宅に憑りつかれるように庭園に入り込んだのだ。少なくとも私はその邸宅が〈南条 怜〉という鬼才の若い画家の邸宅であるとは知らず、なぜ、自分がそこにいたのか今でも定かでなかった。
私はその場所で、身につけている衣服を誰かに剥がれるように脱ぎ捨て、全裸の体を月灯りに晒した。それは、邸宅の中から私を見ていた若い男の視線だけを意識しての行為だった。
その男はただ私の裸だけを見つめていた。彼はいつも同じ時間に二階の窓辺の暗闇に佇んで私が現れるのを待っていた。男の輪郭は朧でありながらも、端正な顔だけは月灯りに照らされてはっきりと見ることができた。彼の美しい顔の中の瞳は、私の咽喉を締め上げるような甘美な物憂さを漂わせ、一見して私を深く酩酊に誘い込むように魅了させた。そしてその男こそが〈南条 怜〉その人だった。

 私は彼の視線だけによって邸宅の中にある鏡の部屋に招かれた。それは長く《絵を描かなくなった彼》が、ふたたび絵を《描く》ための部屋だった。私を描きたいという彼の欲望が、私の肉奥の臓腑をえぐるような眩暈とともにひしひしと伝わってきた。私はまるで呪術をかけられたように彼の前に裸体を晒した。そして彼のデッサンのモデルとなることで、私はいやが上にも彼に隷属した。

彼はデッサン紙に鉛筆を這わせ、私を描き続けた。とても長い時間、私のデッサンが続けられた。彼は、ただ私を描いていただけなのに、私はいつのまに彼の鳶色の美しい瞳の中に浸っていた。それは私が彼に囚われているという妄想であり、同時に《私自身の内的な発現》だった。そして彼の指は、デッサンを描く鉛筆を挟んでいたのではなく、私のからだの隅々に淫猥に這い、忘れかけていた恥辱に晒し、まるで鋼の鎖となって肉体を縛り、じわじわと締めあげてきた。

指は、狂おしいほど芳醇な重みを湛え、私の唇の奥に、乳房の奥に、子宮の奥に鋭く尖った針のような爪をつきたて、気が遠くなるような快楽を刻んだ。私は彼に描かれながら、彼の指に含まれた熱い息づかいを全身の肌に吸い込んでいった。それは指の怜悧な甘さであり、身体のあらゆるところを息づかせる、しなやかな感触であり、私に対する尽きることのない性愛とも言えた。彼のモデルとなって描かれている私の姿は密閉された部屋の鏡に映し出されていた……私が、《私という自分の堅い殻》から解放され、濃密で甘美な快楽にゆだねる姿として。

高台にあるマンションの外はいつのまにか黄昏時を迎え、夕闇の空には鎌のような細い三日月がほんのりと浮かんでいる。浅い眠りから覚めた私を淡い無彩色の薄闇が包み、蒼さを湛えた街に溶けるように灯り始めた光の残滓が見える。夜の訪れを告げる風が頬を優しく撫でていく。
あのとき、南条画伯は私のデッサンを描いては破り捨て、何度も描き直した。その繰り返しだった。彼はけっして自分が描いたデッサンに満足することはなかった。ときに苛立と不安が交錯し、それは彼が脳裏で描いた私の像をどうしても紙の上に描けないという焦燥であり、きわめて芸術的な、きわめて官能的な迷妄だった。ときに彼は、まるで獣がとりついたような血走った眼で私という異性に発情し、私の体を縄で厳しく縛り、激しく責めたて、鞭を振りあげ、虐げた。そしてふたたび彼はデッサンを続けた。私は苦痛と快感にのたうち、喘ぎ、彼を欲しがり、恍惚として私を描き続ける彼に浸ることができた。彼の激しすぎる情欲が私の心と肉体を甘美にえぐり続けたのだった。 


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