9-1
舞が無事に子供を産んだものの、叔父がずっと家に居座るようになり、僕は舞に会いに行けなかった。居座る、という表現は違うのだろうが、僕と舞の場所を好き勝手に使われている気がして不愉快だった。
どんなに彼女のことを思ったところで、舞は僕と一緒になることはないのだ。陰鬱とした気持ちは新たな捌け口を求め、僕はまた女を探した。紀子はもう飽きた。新しい女だ。
僕が借りているアパートの部屋の隣に、1年近く住んでいる女がいる。おそらく僕より少し年上で、背が低くて可愛らしい容姿だが、僕と鉢合わせるときつい目で睨み付けて来るから苦手だった。
原因が僕にあることは分かっていた。僕がいろんな女を連れ込んでセックスをし、女たちは部屋の壁が薄いと釘を刺していたにも関わらず、狂ったように喘ぎ声を響かせたからだ。
それまではエレベーターで一緒になって僕が挨拶しても無視されるか、汚いものを見るような目で睨むかのどちらかだった。
しかし、舞から離れて部屋に戻るようになると、この女は絡んでくるようになった。
「あらこんにちは、暫く見ないと思ったらまだ住んでたのね。盛りがついた犬みたいな声を聞かなくて済むって思ってたのに」
以前の僕なら何も言わずに退散していただろう。だけどこんな女に言い負かされるのも不愉快だ。
「ああ、すみません。あなたのズリネタが減って困ってるのかと思いましたよ」
女は怪訝に顔を歪めた。
「どういうこと?」
「どうもこうもないでしょ。僕がセフレと楽しんでたら壁の向こうで独りで喘いだりして。よそ様のセックス聞いて欲情するのは勝手だけど、壁が薄くてこっちの声が聞こえるんだからさぁ。あんたも少し考えろよ」
みるみるうちに女は耳まで真っ赤になり、自分の部屋に逃げ込んだ。ざまぁみろクソ女。とどめと言わんばかりに女の部屋の郵便受けにUSBを放り込んでおいた。
1時間ほどして、自宅のインターフォンが鳴った。例の女だ。
「何?」
ドアを開け、チェーン越しに対応することにした。ぱっと見た感じ、刃物などは持っていなさそうだが…。
「………どういうつもり?」
「何が」
「あんなの寄越して…」
「あんなのって?あんたがオナりながら喘いでる音声データのこと?」
「……」
再び顔が真っ赤になった。面白い。
「びっくりしたよ。独りのはずなのにダメとかヤメテーとか言いながらしてるんだから。レイプ願望でもあるの?」
不機嫌そうな表情で下を向いていたが、屈辱で涙が零れ始めた。
「用がないならさっさと帰れよ。会う度に喧嘩売ってくるような女と話すことなんかないから」
「脅迫してるつもりなの?」
どれだけ自意識過剰なんだこの女は。頭に血が昇って怒鳴りそうになるのを何とか堪えた。
「そのつもりならもっと早くやってるよ。あんたがしつこく絡んで来るから、いつか言い負かしてやりたくて録音しただけだ。データのコピーもないよ。自分で勝手に処分しろ」
極力冷静に伝えたつもりだ。女はまだ信じていないようで、玄関の前で立ち尽くしていた。
「ガサ入れでもさせろって言うのか?」
いつまでも動かない女に苛立ちが再燃した。
「……そうする」
見させて下さいだろう。溜め息をついて玄関を開けた。
「見るのは勝手だけどな、散らかしたら片付けろよ。親からそれくらいの常識は教えられてるだろ」
これでもかと日頃の嫌味を返してやった。女は色々棚や引き出しを開けて探していたが、何も出てこないので徐々にしおらしくなっていった。
「あったか?」
「……ないです、ごめんなさい」
謝ることは親から習っていたのか。しかし馬鹿だ。
「お姉さん社会人?」
「そうだけど…」
「常識的にさぁ、そんなところ漁って出てくるわけないよね。義務教育受けてる?」
この女に対してはとことん喧嘩腰だ。僕自身、こんなに嫌っていたのかと驚いた。
「データ探してるんでしょ?パソコンの中見なくていいの?」
「…あ…パソコン…そこに入れてるの?」
「入れてないけどあんたが馬鹿丸出しだから教えてやってんだよ、満足するまで確認しろよ」
パソコンの前に座らせ、起動したところで気付いた。馬鹿は僕だ。女のデータは本当に入っていないが、セフレとのハメ撮り動画や画像が山程入っていたのだ。怒りに我を忘れるとろくなことがない。
女はフォルダを開いて中のデータを再生し、言葉を失っていた。紀子を拘束し、結合部が画面いっぱいに映り込むように撮影した動画だった。
「これ…」
他のデータを次々に再生したが、セフレが狂い泣きながらオーガズムを迎えるものばかりだった。
「あんたのデータはないよ、あれだけだから」
女は聞いていなかった。動画に釘付けだ。
『あああっ!もう許してぇ!早く逝ってちょうだい!帰って来るからぁ!息子が帰って来るからぁ!ああああっ!』
紀子の家の玄関で、紀子を全裸にして犯している動画だった。さっきまでの苛立った表情ではない。頬は上気し、唇は半開きになって欲情した女の顔だ。太股はしっかり閉じているが、左の腕を挟み込み、腰をモジモジと蠢かせていた。
親しくないどころか、名前も素性も知らない男の部屋で欲情しているのだ。