キラめく光-1
蝉が騒がしくなってきた。ふと時計を見ると午前11時を少し回ったところ。
「…よし」
私は宿題をしまうと、ベッドの上で寝息を立てているキラを起こした。
「キラ、お散歩行く?」
名前を呼ばれた瞬間、キラはぱっちりと目を開けた。立ち上がると、前足を伸ばしお尻を突き上げて「アーウ」と欠伸をした。そして緑色に光る瞳で私を見つめる。尻尾はぶんぶんと音がしそうなくらい勢い良く振られていた。
「じゃあ行こうか!」
私はキラを抱き上げ床に降ろす。壁に掛けられたリードをキラの首輪に繋いだ。するとキラは私にぴょんぴょん飛び付く。そんなキラを抱きかかえ階段を降り、玄関のドアを開けて道路まで出てから、キラをそっと降ろしてあげる。地に足が着くと、キラは嬉しそうに駆け出す。だから私も負けないように走る。いつものように近所の川原まで競争が始まる。
私は江塚 光、私立の有名進学校に通う高校三年生。『光』と書いて『こう』と読む。女の子では珍しい名前なので私は結構気に入っている。そして、私の隣を走る小犬、名前はキラ、犬種はシー・ズーだ。『キラキラ』の『キラ』という意味で私が二年前に名付けた。キラに初めて会う人は「目が綺麗だね」とよく言う。確かにキラの目は黄色を帯びた緑だ。だけど、これは『緑内障』という病気のせいで綺麗なんてものじゃない。キラは目が見えないのだ…。その代わり聴覚、嗅覚が優れていて、家具の場所なんかもちゃんとわかっているから普段の生活には何ら支障はない。こんなに勢いよく走っているのも川原までの道程を覚えているからだ。
「キラッ」
だけど、たまに大きな石なんかがキラの前に落ちている時がある。そういう時、私は名前を呼んでリードを引っ張る。するとキラは立ち止まり周りの匂いを嗅ぐように、頭を突き出して首を左右にゆっくりと振る。石に鼻先が当たった時、キラは一瞬ピクンと反応してそこを避けるように大きく回り、また何事もなかったように走り出す。
競争は大体私が負ける。そりゃそうだ。人間が本気を出した犬に勝てるわけがない。
川原に着くと私はリードを外し、自由にキラを遊ばせた。私は炎天下の中、背丈の短い草原に座って駆け回るキラを見ていた。思い切り走り回って、私が呼べば勢いよく私の方へ駆けてきて、その瞳で私を見上げる。だけど、キラと目が合うことはない。いつもキラはもっと遠くを見つめるような瞳で私を覗いた。最初は違和感を覚えていたけれど、もう慣れた。
私がキラのお腹を撫でていると
「ワンッ!」
キラが急に吠えて駆け出した。
「ちょっ…どうしたの!?キラッ?」
私は立ち上がって既に見えなくなってしまったキラを追い掛ける。目を細めて辺りを見渡すと、少し向こうでしゃがんでいる男の人に尻尾を振るキラの姿を見つけた。
「すみません!!うちのキラが…」
私は駆け寄ってキラを抱き上げた。
「ヘェ、この子キラって言うの?」
見上げたその人の端正な顔立ちに私はドキッとした。私よりも少し年上だろうか?茶色い髪がふわふわと立っていて、優しそうな雰囲気に合っていた。
「シー・ズー?」
「あ…はい」
男の人が立ち上がると私はまたドキッとしてしまった。私よりも20センチくらい背が高かった。
「すごい綺麗な毛並みだけど、血統書でも付いてんの?」
「いえ、2年前私が拾ってきたので…もしかしたら付いてるのかも」
私はキラを撫でた。キラは気持ちよさそうに目を閉じる。
「そうか、可愛い犬だね」
「はい…うわっ!」
私に後ろから何かがぶつかって、私は前につんのめった。振り返ると一匹の犬が舌を出し、尻尾を振って立っていた。